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2 未来予想図

 地上鏡とは、天上世界において活躍する不思議なアイテムの一つだ。

 主な役割は地上の生活を鏡に通して見ること。他にも何か裏技があったりするみたいだが、いっぱしの存在である僕にはそれはどんなものか知らない。

 ということで、僕たちのようなものはこの鏡を使って就職したい生物の観察をしたりする。

 就職したい生物の勉強以外にやることのない僕らは、鏡の前に集まって、生まれた時のことを想像しながら語り合うのが恒例だった。

「あ、さっき人間に就職したいって言ってたやつ」

「蛙に就職したい子もいるよ?」

 僕はそう言って、隣に漂っていた友人を紹介する。

 蛙か、人間かと意見を二分させた僕たちが一緒に居ることが意外だったのだろうか。鏡を見ていたいくつかが驚いたようにのけぞった。

「お前ら、仲良しってやつ?」

「人間に言わせればそうかもしれないね」

「蛙に言わせればただの同類だろう」

 心を持つことになんら興味もない友人が平気な顔をしてそんなことを言う。なんてこったい、一応僕たちは目覚めてからずっと一緒にいるっていうのにそんな風に思われているなんて。

 でも僕もそんな風に思っているのだから仕方ない。

 心を最低限しか持たない僕たちの関係はシビアだった。

「それにしたってどうしてお前は人間に就職したいんだい。あれは楽しい事も多いだろうけど、面倒で嫌な事も多いだろう」

 さっきの授業で犬に就職したいと言っていた一人がそんなことを言う。

 どうして人間に就職したいかだって?

 そんなの、決まっている。

「理由なんてとくにないんだ」

 僕は再び胸を張って、声高々に言い放つ。

 れっきとした蛙になりたい理由がある友人は呆れていた。犬に就職したいといっていたやつは何を言っているんだこいつは、とでも言いたそうだ。

 僕はなんだか、誤解を招いているような気がしたので違う違う、と否定してみる。弁解の開始だ。

「もちろん理由はある。だけど、これといって一番の理由は特にないよ、ということだよ」

「それはお前が人間になりたい理由が多すぎて一番が決められないだけじゃないか?」

「かもね。あるいは理由がなさすぎるのかもしれない」

「まさか。さっきあれだけ人間の魅力を語っていたくせに」

「蛙よりもずっと魅力的だろう?」

「なにおう!」

「やるか!?」

 僕と友人は激しい口論を開始した。

 僕は人間のように言葉のボキャブラリを次から次へと発掘し、友人はまるで蛙のようにその言葉たちを鳴き声で一蹴した。

 就職する前から蛙の鳴き声そっくりとは、大した奴だと思う。

 結局僕たちの喧嘩はそこまで白熱することもなく、蛙になりたい友人がむっつり黙り始めて収束を迎えた。

 相変わらず、僕よりもずっと冷めているのだ。

「そういえば、君は犬に就職したいって言っていたね。どうして?」

 僕が場の沈黙を破って問うと、犬に就職したいと言っていた彼は、きゃんきゃんと吠えるように語り始めた。

「まずあの目がたまらないね!そして主人に向かって嬉しそうに振る尻尾も興味深い!猫にはない魅力だよあれは。忠犬ハチ公なんて話もあるし、俺は誰かにあそこまで尽くしてみたいんだ」

 犬に就職してやってみたいこと。そのいち、忠犬になること。

 彼はそう説明して、興奮した様子でふよふよ主張した。

 なるほどね、それはいいかもしれない。

「じゃあ、僕が人間に就職したら、ぜひとも僕の家の犬になってくれないかい?」

「いいだろう。だけど、俺が忠を尽くしたいと思わせる人間になっていなければ、認めないからね」

「望むところだよ。心の試験で立派な心を手に入れて、ビッグな人間になってやるさ」

「なら俺はそんな二人の姿を池から覗く蛙になってやるよ」

 皆で就職した後の生活を考えると、楽しくて、そんな未来が簡単に想像できた。子供の人間である僕が、犬の彼を飼って、遊んで、たまに外に出てみると、何処かで見覚えのある蛙がげこげこ鳴いているのに出くわす。

 そうして僕らはまた、今のように語り合う。

「ま、覚えていたらの話だけどね」

「きっと覚えているさ。いや、そうじゃない。きっと、僕たちは会って思い出すはずなんだ」

 僕たち魂は、どんなに経験を積んで、勉強して、心を手に入れようたって、生き物に就職したらここで過ごしたことは一切忘れてしまう。

 潜在能力というのは働くのだけど、記憶は忘れたままなのだ。

 だけど、もちろん例外というのもある。

 普通は思い出す必要もないから、その記憶を取り戻さないまま一生を終えるのだけど、何かの拍子に思い出すこともあるし、天上世界での暮らしを覚えている人は、少なからず存在するのだ。

 だから、可能性はゼロじゃない。

 僕たちは、また就職してからこうやって語り合えますように、と祈った。最低限の心が働いたこの祈りは、きっと僕たちを作ってくださった神様に届いているはずだ。


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