死にたい人間はいない
ハァ・・・と深くため息をついた。今日は散々な日だった。変な女に変なことを言われ、挙句補習で残されるとは。
悪いことが続く日はとことん悪いことが続く。これはさっさと帰って寝てしまおう。明日になれば全部忘れてるさ。
と。そんなことを考えていつもの通学路ではなく、少し近道になる路地に足を踏み入れ、下を見ながら歩いているその時だった。
腕からナイフが生えていた。
と、いうか。「腕にナイフが『深々と刺さって』いた。」
「・・・・・っ!!!」
痛みを叫ぼうとした瞬間、顔面にまるで金属で殴られたかのような衝撃が走った。
「ぐはっっっっ!!!」
状況を理解できないまま、後ろに吹き飛び壁に強く背中を殴打し倒れこんだ。
「叫んだりすんじゃねぇよ、後始末が面倒になるだろ?」
その低い声の主は、フードを深くかぶった僕と同じくらいの身長、体格の男、右手には長めのナイフを持っていた。
金属で凪ぎられたというのはボクの錯覚で、どうやら拳でぶん殴られたようだ。
「お前・・・っ」
「おっと、叫ぶなといったが喋るのもなしだ。おとなしく!」
男が歩み寄る。
「『顔の皮』をよこせぇ!」
ボクは確信した。
こいつは・・・『顔剥ぎ通り魔』だ!
「オラァ!」
その声とともに倒れこんでいるボクに腹蹴りをくらわせてきた。
「カハッ!!」
更にナイフで胸を裂かれた。血がどんどん出てくる。痛い・・・痛い・痛い!!
「あーあ、なかなか死なねぇなぁ、お前」
死・・・・死、か。
死ぬのがボクの目標だった。死ぬのは怖くない。そのはずなのに・・・
震えが止まらなかった。ボクはまだ・・・
「死にたい人間はいない」
ボクはそう言って立ち上がる。
「人間はどこかで・・・絶対に生きたいと願っているんだッ!」
ボクは死にたいんじゃない。ボクは「生きるのが怖かった」のだ。この忌むべき「不死の力」とともに生きるのが。
「おおおおおおおおおお!!!!」
そう雄たけびを上げ、腕に刺さったナイフを抜き取り、『顔剥ぎ通り魔』に突進する。
『顔剥ぎ通り魔』の懐に入り込み、一気に押し倒す。後ろに倒したらこのナイフで・・・!
「バカじゃねぇの、お前」
そういって足を大きく振り上げた『顔剥ぎ通り魔』は、その足を僕の頭めがけて振り下ろした。
強く地面に打ち付けられる。
「ぐ・・・・・」
出血と衝撃で遠のく意識。
「つーか初めてだわ、お前みたいに立ち向かってきたやつは。そんじゃあ顔の皮、いただくぜ」
『顔剥ぎ通り魔』はボクに馬乗りになってナイフを手にする。
「まだ・・・死にたくない・・・」
「あ?うるせーな・・・いいから死ねよ」
ボクは・・・こんなところでこんな奴に殺されるのか・・・
どうしようもなく無駄な人生だった・・・
その時。
「セガ峰くん!!」
京華の声が聞こえた気がした。
「ハハ・・なわけねえって・・・」
ボクはほとんどあきらめていたが、「ズドン」という音と一瞬で消えた『顔剥ぎ通り魔』を目にして仰天する。
「セガ峰くん、大丈夫?」
目の前にいたのは、間違いなく。
「京華・・・なんで・・・」
「説明はあと。とにかくこっち!!」
京華に肩を借り、なんとかその場を去った。
吹っ飛んで30メートルほど離れたところにいた『顔剥ぎ通り魔」は、ボクたちを頭に刻み込むようににらんでいた。