出会い
「危ない!!」
その叫び声はボクの足を止めた。
ボクが今いる場所は私立保ヶ窪高校、僕が通っている高校の屋上である。
ボクはその時、生徒の安全を守るにはいささか低い柵を飛び越えていた。
「なに・・・やろうとしてたの?」
先ほど僕の動きを制止した声の主である、君崎京華は僕に問う。
君崎京華。クラスは違うが、親がとある企業の社長だか取締役だかで、実家はすごい豪邸だそうだ。京華自身もたいへん優秀で、お嬢様の名に恥じない存在だと聞く。いわゆる学校きっての有名人。
「別に・・・ただ、街の風景をもっと近くで見てみたくて」
と、適当に言い訳をし、柵を飛び越えて内側に戻る。
「嘘。だってセガ峰くん、目閉じてたよ?それに足も片方投げ出してたし、すごく落ちそうで危なかった。もしかして・・・」
一瞬の沈黙。何かしゃべらなくてはと思い、ボクはまず聞きたいことを聞く。
「なんでお前・・・失礼、君崎さんはボクの名前知ってるんだ?」
君崎はにっこりと微笑み、当り前じゃない、という。
「だって有名人だもん、セガ峰、在人くん。不良生徒にケンカを売っては『死ぬまで』殴り合おうって言ってるって。不良たちも怖がってるって、聞いたよ?」
正直言って驚いた。ボクの奇行ともとれる奇行が(自覚はある。「とれる」だなんて言ったけれど、やはり奇行だ)、京華のような生徒の耳にまで届いてるとは。
「ハハ・・・いやね、ボクは不良生徒に人を傷つけるということはどういうことか教えてやろうと思ってね」
ひきつった笑いを浮かべながら、またしても適当な言い訳。
「ふうん・・・」
京華はどこか無気力にそう答えた後、突然大声を上げた。
「そうだ!」
「通り魔事件の犯人捜し・・・しない?」
・・・は?
訳が分からない。この女は何を言っているのだろう?
ボクたちはただの高校生だ。通り魔の捜査なんてできるわけがない。
通り魔。通り魔といってもどうやらただの通り魔ではないらしく、『人の顔の皮を剥いで』いるらしい。報道規制のせいで全容はつかめないものの、顔の皮を剥ぐ通り魔の噂は、学校でほとんど持ちきりだった。
学校がまさに事件のあった町にあるので、登下校の際はなるべく集団で移動するよう促されている。
友達のいないボクだから、まったくそんな勧告には従えないのが心苦しいところだ。
ともあれ、ボクは目の前にいる犯人捜しを提案してきた愚か者に苦言を呈す。
「えっと・・・君崎さん」
「京華でいいよ、みんなそう呼んでる」
「あぁ、えっとじゃあ京華、悪いけどボクは犯人探しなんてしないし、実際問題できないよ。警察が総力を挙げてもダメなんだ、僕らでどうこうできるわけがない」
初めて女子を下の名前で呼ぶという感覚に、ボクは少し戸惑う。
すると京華がもちろん、といった
「もちろん、犯人捜しって言っても見つけよう!って意気込みじゃないよ。捜しっていうより探しかな。探偵ごっこみたいなものだよ」
空中に指で文字を書きつつ、京華はにっこりと微笑みながら言った。
その二つの漢字に真剣に探す、ごっこ遊びで探す的な使い分けは一般的にされてないと思うが・・・
「質問がある」
ボクはこの面倒なやり取りを終わらせるための、面倒な誘いを断るための質問をする。
ボクは問う。
「なんでボクなんだ?
君崎は・・・京華は友達だっているし、何もボクみたいなはぐれ者にお願いしなくてもいいだろ?なんでボクなんだ。お互いがお互いを知っていたとはいえ、今さっき出逢ってちょっとおしゃべりしたくらいの仲じゃないか。
通り魔探しなんてそんな奴に頼むようなこととは思えないのに。なんで、ボク、なんだ?」
ゆっくりと尋ねたボクに対して、京華はこう答えた。
「だってさ。こんなこと、他の人には頼めないよ。だってもし『顔剥ぎ通り魔』に遭遇したら、危ないじゃない?」
「ボクだって危ないじゃないか・・・ボクだって殺されたくない」
呆れてため息をつくと、京華はこう続けた。
「それは違う「君だよ「君にしか「君にだけにしかできないことだから「だって君
「『死にたいんでしょう?』そして、『死なない』」
「ハ・・・・」
声が出ない。
「ハッハッハ。何ヲ言ウキミサキケイカクン。ボクが自殺志願者だって?笑えない冗談はよしたまえ」
「いいえ、君は死にたいと考えている。そして実際に、幾度も自殺を図り、それに失敗している。」
ボクは息が詰まった。京華はさらに続ける。
「正確に言うならば、実際には『成功している』。『普通の』人間ならば死に至る行為をあなたはしている。ただし、『死ねない』でいる。そう君は」
ボクは
「『死なない体質』を持っている。」
言葉がなかった。
「・・・・」
「なんで・・・黙っているのかな、セガ峰くん」
「バカバカしい」
ボクはそう吐き捨てた。
さらに続ける。
「ボクが自殺志願者?それに死なない体質だって?京華、お前の言うことは全然理にかなってない。人間は死ぬんだよ。いつか、必ず。死なない人間なんていないし」
これは嘘だ。
「死にたい人間だっていない。人間はどこかで絶対に生きたいと願っているんだ。必ずだ。死にゆく人々は誰しもが、無念を胸に死んでいる。」
まったく、誰に言ってるのやら。
「話はもう、終わりだな。ボクは戻る。」
そう言ってボクは教室に戻った。
これがボク、瀬賀峰在人と君崎京華の最初の出会いだった。