辛い鍛錬とその後のご飯
「おー?服買ったのー?」縁が首を傾げている。
「あー、いやこれは先生にもらった」
「先生ー?学校の?」
「いや、違くて。ほら、昨日おれたちを帰還の契りを交わす者まで案内してくれた子だよ」
「え?あの子が先生なの?っていうかいつの間に服をもらう関係に!」どうやら縁は疑問が疑問を呼んで疑問スパイラルに落ちてしまったらしい。
「そ、それは幾ら何でも手が早すぎるんじゃない?ユウ」美希が呆れたように言った。「ここに来てまだ二日目だよ」
「い、いやいやいや違くて!先生のギルドに入ったんだよ」慌ててユウが否定する。「それで先生が戦い方を教えてくれるっていうから、こう呼ぶことにしただけだよ」
みんなが胡乱な瞳を向けてくる。ほんとなのに…どうやったら信じてもらえるんだ、とユウは頭を悩ませる。
「ほら、この三十コーンは入団した時に貰ったん——」
「「「貢がせたのかよ!」」」みんなが綺麗にハモった。どうやら、ユウは選択肢を間違ったらしい。
その後納得させるために、みんなと別れた後のことを所々かいつまみながら話して、なんとか納得してもらえた。
「そうか。じゃあ、ユウはそのヨロズってやつになるんだな」良弥がブリッジを押し上げながら言った。「俺たちも職業神殿で皆んなと相談しながらそれぞれ別々のクラスについたんだ。俺は暗黒騎士」
「へぇ、他の皆んなは?どんなクラスにしたの?」
「私はねー治癒士になったー!」
「ボ、ボクは戦士」
「ぼくは盗賊になったよ」
「まあ何はともあれ、ユウも無事にクラスについて、金も手に入れたわけだしいいんじゃないか?」
「うんだね。明日からは泊まり込みで鍛錬もあるし、しばらくはやることができたよ」
「ああ、俺たちも泊まり込みではないけど、二週間の訓練があるらしい。十コーンも取られたぜ」
「え、そんなに?それは大変だね」ユウは苦笑いしながら言った。「じゃあ早いとこ稼げるようにならなきゃね」
「だね」辰巳が頷いた。
そこで突然縁があっ、と何かを思い出したらしい。
「そうだ、ここにはお金を取りに来たんだったー。今から生活雑貨とか、諸々買い揃えに行かないとね」
「あと、夕食の食材とかね」と、辰巳が付け足した。
「そっかじゃあ、おれは待ってるよ」と、ユウがいうと「何言ってるんだユウも来るんだぞ」と良弥が言った。
「いや、でも」
「来るんだ」
「わかったよ……」ユウは渋々ついて行った。
その後、あの露店がある場所に行ってこの世界で着る服や、生活雑貨なんかを買った。色々買い揃える最中、「そういえば、武具は買わなくて良いの?」とユウが聞いてみたところ、ギルドメンバーのお下がりを貰ったそうだ。
市場にも行って食材を買ったりしているうちに日が暮れてきたので帰った。料理は当番制にすることにした。今日は辰巳と縁だ。この世界には当然ガスコンロなんて便利なものはない。そのため、火を起こすところからのスタートだった。火を起こすだけで結構時間がかかった。この世界の調理器具の使い方がイマイチわからなくて、少し失敗したみたいだったけど、普通に美味しかった。
食べ終わったすぐ後に六時の鐘が鳴ったので、食器を片付けて、風呂に入った。先に女子が入ってその後に男子が入ることにした。風呂は、温泉を引っぱって来ているみたいで、結構熱かったけど、疲れた体には心地良かった。
その後はすぐにみんな寝た。
*
翌朝、大音量の鐘の音で起こされ、グランドール三日目の朝が始まった。朝の料理当番だったユウと良弥が朝市に行って食材を買って来た後、料理を作った。ユウたちは料理なんてあんまりしたことがなかったし、調理器具の使い方もよくわからなかったので、失敗した。慣れるまでは少し、かかりそうだ。
その後は各々準備を完了させ、みんなは職業神殿に、ユウは異端者の会に向かった
異端者の会につくと、、ギルド加入の手続きをするために、国営ギルドクロックス支部に行った。流石に国営というだけあって物凄くでかい。木と石で出来てるのは他の建物と変わらないけど、やっぱり造りが違う。至る所に装飾がなされ結構お金がかかってそうだ。場所もクロックス中央といい立地だ。
ここは個人のギルドの元締めだそうだ。なんでも、個人のギルドを存続させ続けるには、1ヶ月おきに一定金額と回されたクエストを一定数クリアしないといけないらしく、お金とクエストはそのギルドの規模と、団員のランクによって変わるらしい。
ランクというのは、冒険者ランクの事だそうだ。上から黒、白金、金、銀、銅の五段階らしく、黒は現在十一人しかいないらしい。
一通り説明を先生から受けた後、異端者の会への入団手続きを済まし、ユウは冒険者プレートを作ることになった。
これは首から下げるドッグタグみたいなものだ。みたいなもの、と言うかドッグタグだ。表にクラス、裏に名前が掘ってあるものらしい。
素材はその人のランクのもので出来るらしく、当然ユウは最底辺の銅だった。これは冒険者にとっての身分証になるらしい。もちろん、これを作るのにもお金がかかるらしかったが、やっぱり先生が払った。出来るのは明日だそうだ。
そういうとこ、なんかリアルだよなぁ…いや、まあこれ現実なんだけどさ。でも、もっと魔法でパパッと出来ないのか…
*
今ユウは異端者の会の地下にある部屋で、ボコボコにされていた。先生は自分の事を結構強いと言っていたが、結構なんてもんじゃない。滅茶苦茶強い。それに加えて容赦もない。まあ、もちろん本気なんて微塵も出してないんだろうけど。
まず、動きに全くついていけない。というか、それ以前に見えない。先生の姿がブレて、いなくなった、と思うともうユウの目の前まできている。これはヨロズのスキルの一つ幻歩というらしい。独特な歩法で敵を幻惑し、自分の姿を見失わせるらしい。自分と同じかそれより弱いような相手じゃないと通じないらしいけど、先生なら誰にでも通じそうだ。
先生が幻歩を使い消えたかと思うと背後から衝撃を受けた。これは短剣でのスキル、背面突きだ。この技は突きの発展系のスキルらしく、急所を的確について、致命傷を与えるためのものらしい。あちこち突かれる度に息ができなくなる。
——容赦なさ過ぎだろっ…!
この後も、体術、大鎌、刀、両手剣、片手剣、刺突剣、戦鎚、曲剣など様々な手段で、スキルと痛みを体に叩き込まれた。
どれくらい経ったか分からない。途中何度も何度も意識が飛びそうになった。いや、飛んだ。ただ、そのすぐあとに襲って来る痛みに意識を無理やり戻される。肉は斬られ、骨なんかもいろんな所が折られてボロボロになりすぎて立てなくなると、先生がこのためだけに雇ったらしい治癒士の人にユウを治させて、また立たせて即鍛練を再開した。
この鍛練は先生曰く「最低でも、ユウが四つの武器のスキルを三つは覚えないと終わらない。それまで帰さない」ということだった。当然、死にもの狂いでやった。多分、生まれてからこんなに本気で何かをやったことは無かったと思う。それくらい、必死だった。もうやめて逃げ出そうとか、痛みで泣きそうにもなったりしたけど、ユウの小さなプライドがそれを許さなかった。
その甲斐あってか、鍛練開始から七日目には短剣と刀、弓、両手剣、体術のスキルをそれぞれ三つと、ヨロズのスキルである幻歩と感覚強化覚えた。スキルを覚えたかどうかは、理屈はわからないが、感覚でなんとなくわかった。使い方や効果なんかも同様にわかった。
感覚強化は所謂パッシブスキルというやつだ。これは本当に便利で、どういうわけか自分の知覚範囲が広がった。これにより、ものすごくスムーズなスキルの習得ができたらしい。
正直、感覚強化を覚えるのが最後だったら、未だにボコボコにされてたと思う。
そんな風に地獄の猛特訓なんていうのも生ぬるいような鍛練が一つの段階を終えたらしく、今度の鍛練は覚えたスキルをものにするためのもので、実戦を行うらしい。明日からは、泊まり込みじゃなく宿舎に帰ってもいいそうだ。
今日のところは明日の説明を受けた後に帰った。
*
ユウは夕食をとりながらこの七日間の事をみんなに聞かれたので話していた。話しながら、あれ?おれよく生きてたな……、とユウは思った。
「ユウくん、そのギルド抜けた方がいいよ。」縁はなぜか涙ぐんでいる。「きっとユウくんは騙されたんだよ…そのギルド世界で二番目に良いギルドじゃなくて、世界で一番悪いギルドだよっ」
「え、い、いや。な、何も泣く事ないでしょ。みんなも職業神殿とかいう場所で同じような目に」
「あってないよ」美希が呆れと同情を含んだ顔で言う。「そんな目にあったらぼくなら辞めるよ。ぼくじゃなくても辞めると思うけど」
その美希の言葉にみんなが一様に首を縦に振っていた。
ユウは苦笑いしながら言った。「いや、まあ辛くなかったって言ったら嘘になるけどさ。でも、夜になって鍛練が終わると先生がご飯作ってくれたし。一緒に寝たし、先生との生活はそれなりに楽しかったんだよ」
「は?ちょっとまて。ユウはその先生とやらと一緒に寝たのか?」良弥が呆けた顔をしている。
「ん?うん、寝たよ。それから、先生の名前はクロネね。」
「な、なんてことだー!ク、クラスメイトとたった一週間会わなかっただけで、お、お、大人の階段を数段とばしでのぼってるなんてっ!」縁は口をあわあわ動かし真っ赤になりながら言った。「さ、流石の私でも予想外だよっ」
最初ユウはなんでそんなに縁が赤くなってるのか理解できなかったが、そこまで言われてようやく気が付いた。
「い、いや、寝るってそういう意味じゃないって。普通に添い寝だよ」
「そ、そっかー。そうだよねぇ」と縁が落ち着きを取り戻したと思ったら、次の瞬間にまた赤くなって言った。「そ、添い寝はしたんだね……」
「先生は結構スキンシップが激しいかったからね」
そこでようやく驚きから立ち直ったのだろう良弥が「それでもよくそんな生活続けられたな。何か新しい扉を開いたか?」と言った。
「開いてねーよ。まあ、当然先生との生活が楽しかったってだけじゃないよ。やっぱり、一番大きいかったのは自分が成長してるって感覚があったことかな」
そう、先生との鍛練は地獄の猛特訓なんてぬるいほどキツかった。逃げようと思ったことも一度や二度じゃない。ただ、その度にそれは情けなさすぎるだろ、と思い、なんとか思い止まっていた。
それに自分が成長してるのがよくわかった。
最初は痛みで頭が真っ白になってた。でも、段々痛みに耐えて頭を動かし続けられるようになっていっていた。確実にスキルを一つずつ覚えていってる感覚もあった。だからこそ、耐えられた。まあ、ユウなんかの付け焼き刃のスキルで捉えられる程、先生はあまくなかったけど。
「ぼくは結構頑張ったと思ってたけどあれはぬるかったんだね」美希が頭上を仰いでいる。「骨なんか折られてないし。精々殴られて吹っ飛ばされるくらいだったよ」
「ボクのところも、そんな感じだったよ」
「私のところは優しかったよー」まだ涙をうっすらと浮かべている縁が言う。「だって、怒鳴られもしてないし、ボコボコにもされてないもん。むしろ、いっぱい褒められたよ」
「みんな、そんなものなのか。良弥は?確か暗黒騎士になったとか、言ってただろ。この中だと断トツでやばそうな名前だけど」
聞いた途端、良弥の表情がスッと消えた。そのすぐ後に無表情のまま顔が青白くなった。いや、最早青白いを通り越して白だ。何があったんだ、と思っていると良弥が口をひらいた。
「ユウみたいなヤバさはなかったよ」良弥は言った。「だけど……別のヤバさがあった。後七日間も修行があるけど、正直、思い出したくないんだ。聞かないでくれ」
辰巳が本気で心配げな表情をしながら言った。「た、確か後の七日間は良弥くん泊りがけだよね……」
なにがあったんだよ、と思いながらユウが言った。「そんなにヤバいなら逃げればいいだろ……」
しかし、その言葉に良弥は鼻で嗤った「逃げる?逃げれると思っているのか、奴らから」
ユウは、本当になにがあったんだよ、と思いながら「いや、思うもなにも知らないから。まあ、聞くのは辞めるよ。聞いて変に巻き込まれてもやだし」と言った。
「それがいい」と良弥はうんうん頷いていた。
ユウは話題を変えようと別の話題を提供することにした。
「にしても今晩のご飯は美味しいね。特にこのクラムチャウダーみたいなのは塩加減もいいし、今回は誰が当番だっけ?」
「ありがと。ぼくが作ったんだよ。」
「へぇ、美希が作ったのか。なんだか意外、だな」
「それはどういう意味かな?」
にこやかに笑いながら美希が言った。目は笑っていないが。結構怖い。
「い、いやほら、なんていうかいつも気怠げだし料理とか作らないかと……」
「一応ぼくも女の子なんだけどなぁ。料理とか結構好きなんだよ?」
「そうなんだ。案外いいお嫁さんとかになるのかもね。胃袋を掴む的な?」
「ユウの胃袋はつかめた?」美希が冗談めかして言った。
「おれのなんてつかんでも意味ないでしょ」
美希は悪戯っぽく、それもそうだと言った。ユウは自分で言っときながら美希のその返事に苦笑いを返した。
「やっぱり縁も料理とか得意なの?」ユウが聞いた。
「んー無理!でもおにぎりなら得意だよっ!」
「それは……料理、なのか?」
縁が頬を膨らませた。「塩も海苔もまくし料理だよっ!」
「そ、そっか。でもおれはおにぎりも作れるかわからないからすごいね」
ユウがそういうと縁がでしょっ!と誇らしそうに笑った。
おにぎりが料理かは微妙なところだけど、嬉しそうだし別になんでもいいか。
「辰巳も料理得意だったよな」良弥が聞くと辰巳が「う、うん。多少はできるよ」と言った。
「へぇ、すごいじゃん辰巳。おれと良弥なんてなんも作れないよ」
「いやいや、おれは焼き芋なら作れるぞ」
「お前のそれは絶対料理じゃないだろ」
「確かにそれは料理じゃないよ!」
「縁のだって料理じゃないだろうが!」
と、ギャーギャー良弥と縁が騒ぎ出した。ユウと辰巳と美希はどっちもどっちだろ、というような表情だった。
そんな風にしてご飯を食べ終える頃には日が完全に沈んでいた。
今回は日常の風景を書きたかったです。
会話が難しい。気の利いたセリフ回しが思いつかなくて会話が単調な気がします。
もっと上手くかけるよう努力します。
あ、ちなみに先生とのあれこれはカットさせていただきました。すいません。もしかしたら一章が終わった時に番外編的なので書くかもです。わからないですが。