誘拐
「目が覚めたか?お嬢ちゃん、おはようさん」
「あなたは一体どなたですか?」
貴族の令嬢らしくお上品な顔立ちをした少女は、不思議そうに周囲を見つめる。どうやら、自分の置かれている状況に戸惑っているらしい。
「あっあの、そこのお姉さん。この縄を解いてくれませんか?」
「うるせえんだよ!」
バシッ!
俺はお嬢の頬を手荒く引っ叩く。
「ヒッ! いきなり何するんですか……」
お嬢は呆然とした表情で、俺を見つめながら震え始めた。どうやらこいつは、生まれてこのかた、誰かに暴力を振るわれた経験はないらしい。
そう思うと、なぜだか理由は分からないが、コイツにムカついてきた。
バシッ!
お嬢は俺からの理不尽な暴力に目に涙を浮かべる。
その様子を見た俺は余計にこいつのことをいたぶりたくなってしまう。
バシッ バシッ バシッ ……
俺は、無言でほくそ笑みながら、何度もお嬢の頬を引っ叩く。我ながら見事な往復ビンタだ。
「やめて下さい!許してください!」
必死に嘆願するこいつの顔は、最高だ。
そんなことを言われたら、ますます苛めたくなっちまう。
こりゃ、本当にいい獲物を捕まえたもんだぜ。うちの子分の連中には感謝しねえとな。
こいつの面倒を見てやらねーといけねえのは気に食わねえが、意外と楽しめるかもしれん。
俺はふと、この誘拐事件を起こすきっかけとなった夜のことを思いだした。
*
その日、俺はいつものように俺の右腕とも言える子分のジェイコブと馬鹿話をしていた。
「ハーッ〜、貴族の令嬢を誘拐するだって?!」
「へえ、そうなんですよ、姉貴。身代金誘拐って金になるらしいんすよ」
「しっかし、そんなに上手く行くもんかよ」
「大丈夫っすよ、我が盗賊団には、誘拐や身代金交渉のプロがいるんっすから」
「いや、そんなやついねーだろ。全くジェイコブは冗談がきついぜ」
この後俺が酒に酔った勢いで、「身代金誘拐か、やってやろうじゃねえか」なんて言ったのが、このお嬢の不幸の元凶だ。
俺があん時ノリであんなこと言わなきゃあ、こんな理不尽な目に遭わなかったのに、全く可哀想なお嬢様っだこったよお。やべえ、こんなこと考えてたらまた興奮してきちまった。
*
ジェイコブの帰りが遅い。
「身代金交渉は任せてくだせえ、俺らで最高の脅迫状作りますんで、姉貴はお嬢の世話をお願いしやす」
なんて、ジェイコブは言ってたが本当に大丈夫なのだろうか。
暇な俺は、お嬢の顔をじっと見つめる。
それにしてもこのお嬢は可愛い顔してやがる。俺と比べてなんと色っぽいことか。
俺もこいつと同じく、女なのだとは到底思えない。
やはりコイツを見てると、なんだかムカついてくる。
また、少しいじめてやるか。俺は、丁度こいつをいたぶる良いアイデアを思いついたところだ。
俺は、アイデアの実行のために少し準備を整える。
よし、準備完了。素敵な表情を頼むぜ、お嬢ちゃん。
俺は、お嬢の可愛い顔を手でわしづかみにすると、無理矢理歪ませる。
「えっ、何するんですか? ヒャッ!」
強引に顔を歪めると、見るに堪えないブサイク面になった。
「いやあああああああああ」
お嬢は、甲高い声をあげる。
驚いた表情と強引に歪ませた顔も相まって、良家の令嬢とは思えない情けない有様だ。
「ハハハ、こいつはいい面だな」
用意した手鏡を使って、お嬢に自分自身の無様な表情を見せつける。
「嫌っ、止めてください。そんなものを見せないで!」
どうやら、俺の責めは随分効いているようだ。余程堪えたのか、既に泣きそうになっている。
と、ここで俺は一旦責めを中断する。
泣き顔もそそるが、やはり女の子は笑顔が一番だ。
俺はこいつを笑顔にする良い方法を知っている。
「おいおい、そんな泣くんじゃねえよ。もういじめねーから」
「ほっ、本当ですか?」
「ああ、いじめねえよ。ただ、くすぐるだけさ」
そう言うと、俺はお嬢の体を思いっきり、くすぐりまくった。
「ヒッ!何するんですか!くすぐったいです。やめてくださいいいいいい」
「おお、ここが弱点見てーだな。集中的にくすぐってやるぜ」
「止めてえええええ!脇の下はくすぐらないでえええええ」
おお、予想通りだ。脇の下をくすぐったら大爆笑してくれた。
やはり、美少女の笑顔ほど素敵なものはない。
泣き顔も良いが、やはり笑顔は可愛いな。
それにしても、こいつをいじめるのは本当に快感だ。
こいつで遊んでいると、幼い頃に嫌がる猫を追っ掛け回して楽しんだ時のことを思い出す。
ジェイコブの帰りも遅いし、しばらくこいつに楽しませてもらうとするか。
*
あー、全くイライラする。ジェイコブの奴、なんで交渉に失敗してんだよ。
しかも、お嬢の監禁場所まで突き止められちまったってどういうことだよ。
明日の夜明けには、お嬢を解放して逃げねえといけねえとかふざけんじゃねえぞ。
仕方ない。このイライラは、お嬢にぶつけて発散しよう。どうせ、もうすぐコイツは解放しなくちゃならん。最後にたっぷり楽しませてもらおう。
監禁場所の小屋の扉を開けると、いきなり、お嬢が質問してきた。
「あっ、あの。交渉の方はうまくいったんでしょうか?」
本当に何でコイツは、自分からいたぶられるきっかけになるような行動をとってしまうのか。
俺は、何も答えずにお嬢のそばに近づく。
そして、容赦なく腹に強烈な蹴りをお見舞いする。
「交渉は失敗だ!今夜はお前で憂さ晴らしさせてもらうぜ!」
「カハッ……クヴェ……いやあああああああああああ」
品のない呻き声を上げるお嬢。その後、狭い小屋の中に悲鳴が響き渡る。本当にいい声だ。
夜明けまでにはまだまだ時間がある。
どうせもうすぐお別れなのだ。身代金を取るのに失敗した分コイツには、しっかり楽しませてもらおう。
そんな俺の心中を悟ったのか、絶望の表情を浮かべるお嬢。俺を楽しませまいと必死なのだろうが、その目には既に涙を浮かべている。
止めろよ、そんな顔されたらますます痛めつけたくなっちまうじゃねえか。
もう、心の興奮が止まらない。
と、ここで俺は重大な疑問に気付いた。
なぜ、コイツは俺の心をこんなにも揺さぶるのか。
確かに俺は、人を傷つけることに何の抵抗もない人間だが、だからといって、人をいじめるのが好きなわけじゃない。では、どうして俺はコイツに執着してしまうのか。
もしかして……俺はコイツのことが好きなんじゃないのか。
そう思うと、別の意味で心の興奮が止まらなくなってしまった。この俺に恋愛感情なんてもんがあったとは。しかも、よりによって女に対して。
あー、もう、なんでこんなことになっちまったんだ。
こうなったら、今夜はお前のことを思いっきりいじめ抜いててやるぜ。
誘拐は失敗しちまったが、お前に会えて本当に良かった。今夜は、一生忘れられない楽しい夜にしてやるから覚悟しろよ。