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【百合短編集】真夏の昼の黒百合   作者: 野生の雑種犬
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禁断の果実

ある暑い夏の日のこと。

一人の少女がカゴにたくさんの果物を入れ、山道を歩いていた。


(魔女さんって一体どんな人かな?何百年も生きてるおばあさんだったりして。楽しみだけど、ちょっと不安だな)


(魔女は、若い女の子が好物で、魔法でカエルに変えて食べちゃうって話もあるけど、さすがに嘘だよね)


そんなことを考えながら、鼻歌まじりに山の上にある大きな屋敷に向かう。険しい道だというのに大したものである。


少女は果物配達人だ。

今日は、山の上に住む魔女にこの地方特産の高級果物をお届けする使命を担っていた。


少女はご機嫌だった。夏の暑さを気にすることなく、軽快に順調に進んでいく。しかし、途中で奇妙なことに気付いた。いくら歩いても、山の上に見える魔女の屋敷に一向に近づく様子がないのだ。


魔女の館への道のりは長いとは聞いていたが、いくら何でもこんなに長いはずがない。そんな疑問を抱きながらも少女は足を進める。しかし、館への距離は一向に短くなる気配がない。まるで魔法にかけられたようだ。


やがて、日は高く上り、暑さは頂点に達した。

強い日差しと熱気は少女の体力を奪い疲れさせた。しかも、少女はこの日、朝から何も食べていなかったのだ。喉の乾きと空腹が少女に襲いかかる。


(ああ、食べたい。何か水々しいものを……)


ふと、カゴの中に目を向けると、イチゴ、モモ、イチジク、ブドウ……まるで、色鮮やかな果樹園だ。


なかでも一番美味しそうなのは、リンゴ。山を吹き下ろす風に煽られ、甘美な香りが鼻を撫でる。


「あなたお腹が空いてるんでしょ?私で良ければ食べちゃって」そんな風に誘惑しているようである。


(食べちゃダメ!そんなこと果物配達人としてあるまじき行為なんだから!)


配達する果物を食べるなどもちろん許されざることであると少女にはよく分かっていた。

湧き上がる欲望を必死に抑える。


彼女の家は貧しく、おいしい食べ物は滅多に食べられない。しかも、これは高級果物、少女にとっては一生手の届かない食べ物だ。


(絶対ダメ、絶対ダメ、絶対ダ……メ、絶対ダ……

でも、一つくらい食べてもバレないよね)


少女はついに誘惑に負けた。罪悪感を感じながらもその顔には思わず笑みがこぼれる。

良からぬことをするときの子供の表情である。

リンゴをカゴから取り出すと、自らの欲望の赴くままにかぶりついた。


(ああ、美味しい。私、いけないことしてるのに)


まさに禁断の果実。一口食べると、瞬く間に一個を平らげてしまった。

口の中に残る甘酸っぱい果実の風味は、甘美な快楽を提供してくれた。


(大丈夫、きっと気づかないよ。それに、バレてもリンゴ一個くらいなら許してくれるだろうし)


屁理屈をこねて、根拠のない安心感で自分自身を説得する少女。

こうなってしまっては後には引けない。

リンゴを食べたことへの罪の意識もすぐに薄れた。


お腹を満たし喉を潤したことで、すっかり元気になった少女は、山道を軽快に歩き始める。


ふと、山頂の方に目を向けると、魔女の屋敷はもうすぐそこであった。



遂に、屋敷の玄関へとたどり着いた少女。

早速、扉に付けられたベルを鳴らす。


すると、しばらくして扉が開き、青いローブに身を包んだ若い女性が現れた。金髪に青い瞳の彼女は、魔女というより修道士のお姉さんといった感じである。


「果物配達人です。今日は山の上の魔女さんに果物を届けに参りました」


「暑い中わざわざ、ありがとう。あなたが果物配達人のお嬢ちゃんね。私が山の上の魔女よ。ここまで遠かったでしょ。さあさあ、どうぞ上がっていって」


(この人すごく綺麗だなあ。魔女さんって、おばあさんだと思ってたんだけど)


少女は思わず若く美しい魔女の姿に見とれてぼんやりとしてしまっていた。


少女を屋敷の中へ案内する魔女。やがて、案内された部屋には、たくさんのお菓子とお茶が用意されていた。


「どうぞ、召し上がっていって。わざわざ暑い中、果物を届けに来てくれたあなたへのご褒美よ」


「おっ、お気持ちは嬉しいんですが、早く帰らないといけないので」


「遠慮しなくていいのよ。お腹空いてるでしょ?」


(本当のところはリンゴの件もあるし早く帰りたいんだけど……でもお菓子は食べたいしなあ……)


「そっ、それじゃあ、遠慮なくいただきますね」


一抹の不安を抱きながらも、結局お菓子を食べていくことにした少女であった。なかなか罪な娘である。


(おっ、おいしい!こんなにたくさんのお菓子が食べられるなんて夢みたい)


いざ、お菓子を食べ始めると止まらない。先程の不安はどこへ行ったのか。自らが犯した罪のことなどすっかり忘れてお菓子を貪る少女。


(お菓子を食べた後のお茶も最高!)


お茶もしっかりと飲み干す。本当に罪な娘である。


だが、当然の如く、彼女には破滅の時が訪れることになる。それはお菓子とお茶をすっかり平らげ、帰ろうとした時のことであった。


「あれ、リンゴがないわね。確かに頼んだハズなんだけど」

魔女の言葉に、少女は凍りついた。最悪のタイミングである。


「もしかして、あなた途中で落としちゃったの?」

少女の心臓が激しく脈を打つ。


(ど、どうしよう!何か……何か、答えなきゃ……)

必死でどうにかしようと考える少女。だが、頭が真っ白になり、どうすることもできない。


「そうなら、早く認めて。失敗なら仕方ないことよ」


「どうしたの?そんな泣きそうな顔をして。別に私は怒ってないよ」


魔女の優しい言葉がかえって心に突き刺さる。


怯えながら、だだうつむいて黙り込む少女に追求の言葉を次々と吐き掛ける魔女。

その様子は悪いことをした子供を母親が叱っているようだった。


「あなた、途中でリンゴを落としちゃったのね。そうでしょ?」


(自分で食べてしまったなんて言えるわけがない。嘘にはなるけど、ここで落としたって認めちゃう方が良いんじゃ……)

この場を切り抜けるにはこれしかない。少女は遂に覚悟を決めた。


「そ、そうなんです。私、途中でリンゴを落としちゃったんです。申し訳ございません」

ついに、意を決して、魔女の言葉に答える。

リンゴを落としたことなど、もちろん嘘であるが、ここで謝っておけば許してもらえるだろうという判断であった。


「認めてくれたわね。それなら別に構わないわ。失敗なんていくらでもあるものだもの」

ふと、顔を上げれば、魔女は優しく微笑んでいる。


(許してもらえたのだろうか……)

そう思った次の瞬間だった。


「と、言うとでも思った?嘘つきの悪い子猫ちゃん」

「ヒッ!」

魔女の恐ろしい言葉に、少女は思わず声を上げてしまう。


「あなた最初会った時から、どうもリンゴ臭いと思ったのよ。本当は貴女が私のリンゴを貪り食ったんでしょう?」


少女を冷たい視線で見つめる魔女。その顔に、あの優しい微笑みは、もうなかった。


「じっ、実はリンゴは、私が途中で食べちゃって……」

あまりの恐怖に、少女は遂に小さな声で真実を告白した。


「あなた、配達すべき果物に手を出したのね。もしかして、リンゴが私の好物だって知っててこんな真似を?」


「ちっ、違います!リンゴが好物だなんて知らなかったです!お腹が空いてどうしても我慢できなくて……」

少女は、必死に弁解するが、魔女は恐ろしい目つきで睨みつける。


「あなたみたいな悪い子にはお仕置きが必要ね。どんな魔法がいいかしら……」


(どっ、どうしよう。魔女さん絶対怒ってるよ。このままじゃ、私、お仕置きされちゃうよ、噂みたいにカエルにされちゃうのかな……)


魔女を怒らせたら何をされるか分からない。少女の心は恐怖でいっぱいだった。


「お願いします、許してください。何でもしますから」

許されるはずがないと分かっていても、助かりたいたいという一心で思わず叫ぶ。


すると、魔女は意外な反応をした。


「あら、今、何でもするって言ったわね。とりあえず、あなたの誠意は伝わったわ。魔法でお仕置きするのは止めておくね」


魔女は、先程の恐ろしい表情が嘘のように、優しげな笑顔を向ける。少女もほっと胸を撫で下ろした。

これから彼女に訪れる本当の恐怖など知らずに。



「その代わり、リンゴは今から、ちゃんと用意してもらうわよ」

「えっ、でも、リンゴは私が食べちゃいましたし……」

少女の言う通りだ。すぐにリンゴを用意することなどできはしない。しかし、魔女は何もおかしなことは言っていないとでもいいたげな様子で微笑みつづけている。


「あっ、あのリンゴを用意するのは無理なんですが……」

魔女の微笑みが不敵な笑顔に変わった。


そして、ゆっくりと少女に歩み寄る。少女は、ただならぬ雰囲気を察して思わず後ずさりするが、やがて壁際に追い込まれてしまった。


「あるじゃない!ここに可愛いリンゴが!」

突然、嬌声を上げる魔女、いきなり少女に襲いかかった。

「ヒャッ!」

少女に抱きくと、顔に頬ずりをし、強引に少女の体をまさぐり始める。

「あーら、本当に美味しそうなリンゴ。キスしちゃおうかしら」

「きゃっ、嫌!止めてください!」

思わず悲鳴をあげる少女。

「あら、あなたさっきなんでもするっていったじゃない。お姉さんに私のリンゴをあげるってことでしょう?」

涙目になりながら、首を振る少女。恐怖のあまり、激しく抵抗することはできない。


「リンゴだけじゃないわね。小さなモモやたわわに実ったフドウもある。まだ、完全には熟してないみたいだけど。これ全部あなたが届けに来てくれたのよね。お姉さんに全部召し上がってほしいってことなんでしょ?」


不敵な笑みを浮かべながら、少女の体を堪能する魔女。その姿は果樹園に忍び込んで果物を漁る野獣そのものだった。


「ふふ、私の目をよーく見て食いしん坊の悪い娘ちゃん。」

思わず魔女の目を見つめてしまう少女。すると、突然猛烈な眠気が彼女に襲いかかった。これが魔法なのだろうか?そんなことを考えながら、彼女の意識は暗闇へと落ちていった。




少女は、一糸纏わぬ姿で、地下室の大きな鉄の台の上にいた。手足は鎖で固定され、身動きが取れないようにされていた。もっとも、深い眠りに落ちている彼女には関係ないことかもしれないが。


この暗い地下室で、魔女は今まさに、少女の届けてくれた甘い果実を貪り食おうとしていた。


「ねえ、あなた、悪魔の誘惑に負けて神様の大事な果物を食べちゃた女の子の話知ってる?」

「うっ、うーーーん」

魔女の問いに唸り声で答える少女。その口からは、だらしなく唾液を垂らしている。


赤いリンゴに口づけをする魔女。リンゴをじっくりと味わいながら、甘い息を吹き込む。


「神様が怒って、楽園を追い出されちゃったのは有名な話よね」

「うーーーん、ふふっ」

いい夢を見ているのだろうか?少女は少し笑顔のような表情を見せる。


たわわに実ったブドウに顔を埋める魔女。

豊満な果実を思いっきり堪能する。


「でも、その後、その女の子は幸せに暮らしたのよ。

こんな風に背徳的な快楽に溺れて」

「うっ、うっ、リンゴ……おいしい……」

配達の途中に食べてしまったリンゴが相当美味しかったらしい。夢にまで出てきているとは。


モモを鷲掴みにする魔女。その甘い香りと柔らかな舌触りを楽しむ。


「あ、こんなところに美味しそうなサクランボがあるわね」

サクランボを舌で優しく舐める魔女。舌の動きは、段々と激しくなり、最後にはサクランボを思いっきりしゃぶり尽くした。


「ごちそうさま。これからは毎日、おいしい果物をいただくわね」


少女の届けてくれた果実を、存分に堪能した魔女は、悪魔のような笑みを浮かべる。


そして、この悪夢のような現実をまだ知らずに夢の中で禁断の果実を楽しむ少女を残し、暗い地下室を後にした。





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