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トイ・ストーリーというアニメをご存知と思う。
私はバズ・ライトイヤーが好きだ。「デジタル録音で、喋る! 光る! カッコイイ!! 羽根まで飛び出し仕掛け満載!」のイカした奴だ。彼はしかし、おもちゃたちの中でただ一人、自分がおもちゃであることに気づいていない。彼は自分が本物の宇宙レンジャーであると、地球の子供部屋にいるのは宇宙船が不時着したためであると、その気になれば空だって飛べるのだと信じて疑わない。
だが彼はあるとき、テレビで人気商品「バズ・ライトイヤー」、すなわち彼自身を紹介するCMを見てしまい愕然とする。彼はそこではじめて、自分が台湾製のおもちゃだということに、無数にあるマスプロ品の一つにすぎないのだと気づく。
私は彼が好きだ。とても他人とは思えない。
物語のはじめで、彼は本物の宇宙レンジャーであることを証明すべく、おもちゃたちの前で空を飛んでみせる。
だが彼はそのとき目をつぶっていて、ほんとうはただ、ゆっくり落ちていっているだけだということに気づかない。
私も、そんなふうだった。
自分で言うのもなんだが、藝大一発合格は快挙である。私はちょっとのあいだ、自分には才能があるんじゃないかと思い込んだ。だが、浪人を繰り返して入学してきた同級生たちは、試験運では私には及ばないものの、ディシプリンの質や作家としての経験値で私を大きく引き離していた。私はほんの小物だった。ただ若いだけだった。
それまでの私は自分が特別な存在で、孤独はその証拠だと思っていた。
ところがどっこい、私は平凡だったのだ。高校のころに軽蔑していた「個性派気取りの努力しないバカども」と、私は少しも変わらなかった。
バイトと製作に明け暮れる、長いマラソンのような日々が始まった。
卒業制作を提出し終わったときにも、達成感などなかった。私に飛べる空は、その先にはなかった。
かつて私は、伝説の巨人と呼ばれるデカ女だった。しかしどうしたことだろう、藝大を卒業して、就職のあてもなく帰ってきた私は、あら不思議! あらゆる人から見下ろされていた。
いや、もちろんそれも私の被害妄想なのだけれど、千歳空港まで私を迎えにきた母の誇らしげだったこと。
それ見たことか!
そう思っていたのだろう。
こんなことならお茶やお花のお稽古でもさせたほうがマシだった。
母はそう考えていて、実際親戚や近所の人にそう言ってまわっていた。
「しずくちゃん、東京の大学に行ってたんですってねえ、すごいわねえ」
ごく平均的な近所のおばさんである。ゲイダイなんていっても何のことかわからない。母にしたって、「絵描きの行く大学」ぐらいの認識しか持っていないのだ。
「結局仕事も決まらないまま帰ってきちゃって。これじゃあ何のために東京まで行かせたんだか」
「あら、よかったじゃありませんか、向こうに行きっきりじゃ寂しいものねえ」
「いえいえ、どうせ嫁に出すんですから」そして母は決まってこう付け加えるのだ。
「今は、花嫁修業中です」と。