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 美術部の顧問に、藝大を受けてみろと言われた。そのへんの美大ではない。競争率三十倍、天下の東京藝術大学である。

 私はその気になった。出来ないことだとは思わなかった。むしろ、大きな障害があるほうがよかった。集中できることがあれば、その分未明のことを考えずにいられた。

 母はいい顔をしなかった。母は私に、普通の女になって欲しいようだった。私はそんなのは願い下げだった。世間のものさしで測られたら、私はただのデカ女になってしまう。愛されも必要とされもしない粗大ゴミだ。

 私は私自身の手で自分の価値を作り出すことができる。それが私の喜びだし、生きている理由だ。

 父は認めてくれた。少なくともその方向に進むことに関しては賛成してくれて、美術科予備校に通うことも許してくれた。

 ただ、まさか一発合格するとまでは思っていなかったのだろう。合格通知を見せたときには少し寂しそうな顔をした。

 

 未明は米粒に絵を描く男である。デッサンにおいても平面構成においても、私では到底及ばないものを持っている。だが、彼はそもそも進学を選ばなかった。

「うち、酒屋だから」

 何か他にやりたいことはないのか。東京の大学とか行ってみたくないのか。

「酒屋はいい仕事だぞ」

 選択の余地のある話ではないらしい。

「うちの家業だし」

 そばに可愛い彼女がいるし。

 と、心の中で付け加えた。

 私には何も無い。旅立つことによって失うものも、別れが寂しいと言ってくれる人も、最初からいない。 

「俺の足は地面にくっついちまってるからよ」

 卒業の日、私の手に米粒を一つ握らせて、未明は言った。

「この町からおまえが飛んでくところを見てるよ」

 私は、女々しい女だと思われたくなかった。たとえバレバレだったとしても、未練たっぷりな様子なんか見せたくなかった。

「ああ、せいぜい高く飛んでやんよ」

 さらりとそう言って背中を向けた。どこに向かって飛ぶつもりなのか、自分でもわかっていないままで。 

 飛ぶ。

 未明にも見えるぐらい高く。

 その思いが私の背中を押した。その後何度も、挫けそうになる私を立ち上がらせた。

 羽田空港に向かって滑走路を進む飛行機の中で私は、未明にもらった米粒を握り締めて、離陸の瞬間を待った。

 がんばれ、しずく!

 目を凝らしたって見えないけれど、米粒にはそう書いてある。学ランを着たモナーの大応援団が、ドラムを叩き、旗を振りかざし、声を合わせて叫んでいる。

 がんばれがんばれ、しずく!

 がんばれがんばれ、しずく!

 何度も、何度も、そう叫んでいるのだ。 

 

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