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「月島さんて、大塚君とつきあってるの」
クラスの女子にそう聞かれて、まさかと笑った。
私と未明は仲がいい。そう見られていることを知った。本当は、私「が」未明と仲がいいのだろう。私が誰ともつるまないから、唯一の例外である未明との関係が特別に見えるだけだ。
「じゃあ、聞いてみてよ」
「何を」
「カノジョとかいるかどうか」
そんなこと、私は気にしたこともなかった。
断るタイミングを逸した。いや、そんな頼みは忘れたことにしてしまえばよかったのだが、忘れられなかったのだ、私自身が。
だから、訊いてみた。
「大塚ってさあ、誰か、す、好きな人とか、いるの」
秋の半ば、もう暗くなりかけた頃、二人だけが残っていた美術室でのことだ。
「いるよ」
イーゼルの上の六号キャンバスを見つめたまま、あっさりと未明は答えた。
「なしてさ」
「こないだ、あんたが米やった娘、あんたのこと好きらしいよ。あんた、変なところでもてるみたいだからね……私には理解できんけど」
想定外の反問にうろたえ喋りすぎたあげく、心にもないことを言った。しかし未明は何も耳に入っていない様子で
「どうしてだろうな。俺もおまえも、世の中には用のない人間なのにな」と言った。
そのせりふは胸に刺さった。今もまだ刺さっているかもしれない。
「どうしてそういう感情があるんだろう。俺はわかっていないのかもしれないな。そういうことを全部」
ペインティングナイフを下ろして、未明は窓の外を見やった。初めて見る顔、初めて聞く声だった。
「ずっとそばにいるからだろうな。こういうことには、筋の通った理由なんて無いんだろう。ただ、ずっと一緒だったから、そうするのが一番自然なことだから、これからも一緒にいるんだろう」
このあたりで私の顔は火照りだしていた。興味が無いふりを装うことができなくなっていた。未明はちらりと私を振り返り、照れたようにまた視線を窓に戻し、こう言った。
「それがあいつにとって幸せなことかどうか、本当はわからないんだけどな」
吉本のコントなら、私はここで盛大にずっこけなければならない。
私のことじゃないんかいっ。あいつって誰やねん。
全力でそう突っ込まなければならない。
だがこれはコントではないので、心の中だけのことだ。私はショックと真っ赤になった頬を隠すべく、きわめて不自然だと思いながらもその場で屈伸運動を始めたりして、
「おっけー、だいたいわかった。うん、いいよ、その話はもういいよ」
背中を向けてそう言ったのだけれど、涙声になるのだけは止められなかった。
しばらく前屈の姿勢で静止して、冷静さを取り戻そうとしたが無理だと悟った。横目でちらりと未明を見た。彼は驚き、そして申し訳なさそうな顔をしていた。
「帰る」
私は乱暴にそういい捨てて美術室を飛び出した。
泣くな。こんなことで泣くな。
自分にそう言い聞かせながら。