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 私にとってアートは自分を表現するものであり、世界に対する挑戦だった。自分という個性の存在の証であり、作ることは徹頭徹尾自分一人の、自分のためだけの行為だった。

 未明は違う。

 未明は人のために作る。他人を喜ばせることが目的で、しかもそれを、ほとんど無価値に見えるものの中に隠してしまう。

 彼の作品には署名がない。作品番号もない。そしてたいがいの人が、それをすぐに失くしてしまう。大切に取っておくには小さすぎ、さりげなさ過ぎるのだ。

 放課後の美術室で毎日顔をあわせる未明は、私にとって巨大な疑問符だった。

 この男の正体を知りたい。その思いはある種の強迫観念となって私にとりついた。そして私はいつのまにか、彼のことばかり追いかけ、彼のことばかり考えるようになっていた。背中を丸め、机に顔を擦り付けるような姿勢で、米粒に絵を描く未明。満足そうなため息をついて顔を上げ、眼鏡をはずす。その横顔の思いがけない美しさに私は我知らず見入ってしまう。そんな私に気づいて、未明はにっこりと微笑む。

 そうだ、何の意味もない笑顔で。

 もし天使というものが仮にいたとして、人知れずこの世を訪れるとしたら、彼または彼女は、きっと未明のような姿をしているに違いない。当時の私は、そんなことを考えたりもした。

 人間を愛してはいても、誰をも必要とせず、人間としての苦しみも醜さも知らず、大地に足をつけたことさえなく、常に超然として完璧で、人間からの愛を求めてすらいない。そんな天使。

 そうだ、未明はとても優しい。困っている人や落ち込んでいる人を決して放っておかず、必ず世話を焼き、勇気づけ、笑顔をとりもどすまでそばにいる。でも未明は、その人に興味があるわけではないのだ。助ける必要がなくなれば、未明は離れていく。

 二年のクラス換えで、未明と同じ教室になった。そして知ったのは、未明が案外人付き合いが悪いということ。みんなで遊びに行こうなどという誘いには、滅多に応じない。誰に対しても分け隔てなく明るく親切だが、特に誰かと親しいわけでもない。

 未明の内側には固く閉ざされた扉があって、その奥に誰も見たことのない本当の未明がいる。私はそう感じた。未明は私と少しも似ていないけれど、違った意味で私と同じくらい孤独なのだ。

 私だけがそれに気づいている。

 私は、そう思っていた。


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