気が付いたら令嬢に転生しててパニックです。
ミアプラは……いや美波は……いや、今現在は静水の姫君は――とにかく〝彼女〟は混乱していた。自分は確か甲斐葉高校の1年生で、いいや、違う、私は誇り高きカノープスの家に生まれ育った令嬢で、そんな、令嬢って、高級ディナーにも連れてってもらったことないのに、いやいや、高級ディナーは今関係ないでしょ!?
――もうわけがわからなかった。
何せ一人の人間の心の中に、湧き水の様にしてもう一人の人間が現れたのだ。
それもお互いに正反対の性格の少女だ。
パニックになるなという方がおかしい。
鏡の中では銀髪で端麗な少女が、白い肌を更に白くして、せっかく梳いた髪をぐしゃぐしゃと掻き雑ぜている。――この子は一体誰なの!?
「美波、まずは人払いするんだ」
「……!」
耳元で桜示先輩が囁く。
そうだ。ルーペスのメイド達が、ミアプラのパニックを何事かと怯えている。
主に何かあったとすれば、彼女たちにとっては生死に関わる問題だ。
とにかく、安心させてあげなくてはならない。
美波は立ち上がり、彼女たちに説明しようと、
「だ、大丈夫です、わ、私……、ちょっと、ええっと……!」
しかしこの現象を何と説明すればいいのかわからず、
「だ、」
彼女は咄嗟に、
「――脱皮の最中ですからッ!!」
と、拳を固めて宣言した。
あちゃーと、桜示先輩が頭を抱える姿が横目に入った。
「あの、脱皮というのは、蛇や虫が行うあれのことですか……?」
メイドの一人がガタガタと怯えながら問いかける。
もう片方は歯をカチカチ鳴らして身を護るように蹲ってしまった。
「い、いや、その、いわゆる比喩表現で、うぅ、ご、ごめんなさい!
私、国語3以上を取ったことないんです!!」
「さ、3、と、いうのは、なんの数字でございましょう?」
わけのわからない事を言いながらたじろぐ〝静水の姫君〟の姿に、気に触れたのかしらんとメイド達は身を寄せ合った。
さっきから本気で怯えている片方は、
「3は私達に残された日数なのよ、3は私達の死ぬ日なのよ」
などと震える奥歯で呟いている。
「いや、その……あは、あはは――……」
どうしたらいいのかわかんない。
もう笑ってごまかすしかないです。
――パチパチパチ。
「さすがです、ミアプラ嬢」
突然、桜示先輩が拍手をしながら、営業スマイルで、
「小さなペンダントに似合うよう、少し荒めのヘアスタイルに挑戦というわけですね。感服致しました!」
と、助け舟を出してくれた。
(へ、ヘアスタイルって、ちょっと無理がありませんか?)
小声でそう呟くと、
(脱皮よりはマシだろうが)
とぐうの音も出ない正論で一蹴された。
(美波、今はお前はクールなミアプラ嬢なんだ。
どっちもお前だ。落ち着いて彼女を取り戻すんだ)
先輩にそう言われ、美波は深呼吸した。
そうだ。混乱はしているが、さっきまでのミアプラも自分自身なんだ。
ミアプラならどうするか――こほん。
「そうね、思ったよりいいわ、これ。
他のと違って派手さで誤魔化さないところが素敵よ」
澄ました顔でペンダントを評価し、怯えるメイド達に、
「どう、似合ってるかしら?」
と、尋ねた。
貴族に似合うかと聞かれればハイと返事しなくてはならないのがこの世界における奴隷の宿命だ。
「え、ええ!」
「とと、とてもよくお似合いですわ!」
メイド達は必死に首を縦に振った。
「ところでミアプラ様……」
「なに?」
「その、脱皮、もう御済みなんですか?」
「脱皮? 何の事かしら?」
「……えぇー……?」
すっとぼけて流れを強制終了する作戦だ。
二人のメイドは困惑しきった顔になってしまった。
美波はごめんね、と心の中で呟いて、
「よくわからない事言ってないで、他の仕事に戻りなさい。
私はこの子と商談を続けるわ」
「いえ、でもお御髪が……」
「髪ぐらい自分で梳けるわ。
大丈夫、ほら、早く、ほらほら!!」
主に出て行けと言われれば、彼女たちはもうどうしようもない。
メイド達はミアプラに追い出されるようにして部屋を後にした。