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シルバーアクセサリー


 国中がミアプラの未来の夫への関心が高まるある日。

 天蓋とレースの付いたベットの中で、ミアプラは静かに起床した。

 寝ぐせで乱れた髪を手櫛で整え、そしてぼうぅっと天井を見上げると、

「……またあの夢……」

 と、呟いた。

 彼女はたった今見た夢を反芻する。

 確か、自分は平民の少女で、……というより平民という階級すらない世界で。

 自分はミナミという少女で……、〝センパイ〟という男性を追いかけて。

 彼は〝ケンドー〟という剣術に長け、自分はそれを補助する立場に居て。

〝ぶかつどう〟という団体に所属していて――、


「バカバカしい」


 ミアプラは現実に立ち返って言った。

 同じ夢を、ミアプラは時折見る。

 だが彼女はあまり気にも留めないようにしていた。

〝センパイ〟という言葉を聞くと、どういうわけか胸が締め付けられる。

 不快で、気持ちが悪かった。

 彼女はネグリジェから部屋着に着替える。

 ドレッサーの前に座ると、銀の呼び鈴を鳴らす。

 エプロンドレスの少女たちが二人、静かに部屋に入ってきた。

 二人は「失礼いたします」と声をかけ、ミアプラの髪を梳き始める。

 櫛を動かすその右手の甲には、黒ずんだ小指ほどの〝石〟が埋まっている。

 同様にミアプラの右手にも同じような石が埋まっているが、こちらは自ら薄らと青白く輝き、美しい。


 これは〝カルクス〟と呼ばれる、人々の体内に埋め込まれている宝石だ。

 その輝きは即ちその人物の地位、知性、そして身体能力に直結したステータスというべき代物だ。

 この国ではカルクスの輝きで生涯が決まると言って過言ではない。

 その輝きはほとんど遺伝する。

 貴族からは貴族のカルクス〝ステーラ〟を持つ者が産まれる。

 そのカルクスは天に輝く星々のように自ら発光し、同時に強大な力と支配力を持つ。

 平民からは平民のカルクス〝ゲムーマ〟を持つ者が産まれる。

 それは自ら発光こそできないものの、日の光を浴びれば煌めきを反射し、淀みなく美しい宝石だ。




 そして彼女たちの持つ黒ずんだカルクスが〝ルーペス〟だ。

 そのカルクスを持つ者は産まれながらの穢れた奴隷だ。

 ステーラやゲムーマの所有物として取引される、生きた労働力なのだ。

 ルーペスを持つ者は人であって人ではない。


 ちくり。


「……ッッ!!」

 ルーペスの少女が力加減を間違え、ミアプラは小さな悲鳴を上げる。

 途端に彼女は青ざめた。

「も、申し訳ございません……ッ!!」

 髪がいささかでも荒れていれば、いくらでも起こりうる事故だが、この国においてこれはルーペスの過失だ。

 彼女は伏して謝罪をする。

 主によっては死刑すらありうるのだ。

 だが、実のところミアプラにはどうでも良かった。

 髪一つで小うるさく吠えるほど彼女の器は小さくない。しかし、それでは示しがつかない事も知っていた。自分はステーラを持つ貴族であり、彼女は卑しいルーペスだ。

 躾けは必要だろう。

 ミアプラは面倒そうにため息をつくと、ドレッサーの引き出しから鞭を出した。

 教師が教え子を罰するときに使う、小さな教鞭だ。

「手を出しなさい」

「は、はい……っ」

 少女は両手の甲を突き出す。汚らしいルーペスは、まるで水疱だった。

「私の髪を傷めたのはこの手かしら?」

「この手でございます……!!」

「なら歯を食いしばりなさい」

 鞭は宙を翻り、――バシィッ!!

「――ぐぅッ!!」

 少女に制裁を加えた。

 打たれた箇所は真っ赤に腫れあがった。

 そしてもう一撃、

「もういいわ。櫛を続けて」

「え?」

 数十発は覚悟していた少女は、拍子抜けした表情で言った。

 平民の子供が悪戯を怒られた、そんな程度の罰で済んでしまった。

 奴隷の少女は逆に困惑していた。

「聞こえなかったの? もういいから早く髪を梳いて」

「は、はいっ!」

 ミアプラは髪を整えられながら、静水の姫君にしては甘すぎるなぁ、などと人知れず考えていた。

 ――コンコン。

 扉がノックされる。

「入って」

 ミアプラの承諾を得て、一人の少年が入室してきた。

 褐色の少年で、一見華奢そうなわりに、引き締まった体をしている。

 均整の取れた体だった。

 顔立ちはかなり良い、だが、身なりが酷かった。カルクスを見るまでもなく、ルーペスであることが分かった。この容姿なら婦人の愛玩用に引く手数多だろうな、などとミアプラは下らないことを考えていた。

「ミアプラお嬢様。

 婚前試合の際にお召しになる首飾りをお持ちいたしました」

 そういえばそんな話をしていたな。

 だとしても、ルーペス一人で商談とは妙だな。

 普通は商人が来るものだと思うが……まあいい。

「見せて頂戴」

「はい」

 彼が宝石箱から取り出したのは――なんだこれは。

 婚前に貴族が身に着ける装飾品ならば、煌びやかに輝き、燦然とし、自らのカルクスを引き立てるように派手なはずだが、見せつけられたのは小さな銀細工がポツリとついただけの貧相なペンダントだ。

「――ねえあなた。もしかして殺されたいの?」

 相手によっては侮辱と受け取り首を跳ねられる様な代物だ。

 見ていた二人の奴隷は震え上がった。

 実際、ミアプラは眉一つ動かさず彼を処刑する事もできる。

 だが少年は動じず、

「滅相もございません。

 私は静水の姫君が飾り物で自分を誇示する必要はない、と思いまして」

「……はぁ?」

 おいおい、なにやら詭弁を唱え始めたぞ。

「他の貴族の方は金銀細工に宝石をあしらった大きな物を好むでしょう。

 そう、自らのカルクスを引き立たせんとばかりに。

 ですがどうでしょう、ミアプラ様は他の方々とは違う。

 あのような派手なものなど無くとも、十分に輝いておられるのです」

 なるほど、口は回るみたいだ。

 ルーペスにしておくのはもったいないくらい頭の回転も早い。

 だが、

「他の貴族ならそれで押し通せるかもしれないけど、残念ね。

 そんな屁理屈で誤魔化されないわ。

 これは買い取れない」

「まあまあ、そうおっしゃらず。

 試着されるだけならタダではありませんか」

「……むぅ」

 この私が押し切られるとは。

 ミアプラは「好きにして」と反論を放棄し、一度試しに着けてみる事にした。

 少年は一礼すると、ミアプラの背中に回り、そしてペンダントのチェーンを巻き付ける。ぞくりと、冷たい感触が首を走った。




 不思議だ、少し胸が躍る。

 ルーペスとは言え、彼も男性は男性か。

 男性の手で優しくペンダントを付けてもらう。

 男に興味が無かったから、こんなの初めてだな……。




 あれ。

 ……なんだろう……。

 こんな事、前にもあったような……。

 ミアプラは不思議な感触に囚われた。

 頭を、ふわふわとした綿のような何かが埋め尽くす。

 そうだ……今朝の夢の中で……。

「ほら、やっぱり。似合ってるよ」

 少年の甘い声が耳元をくすぐる。




 ――ハッとなった。




 自分はこのペンダントを知っている。

 自分はこの声を知っている。

 自分は、この力強い腕の安心感を知っている。

 頭を占領していた綿が、次々と消失していく。

 そして15年に及ぶ記憶の向こうで、もう16年の記憶が息を吹き返す。

 そうだ、

 間違いない、

 彼は――……、

「――せ……、んぱいッ!!」

 鏡の中の少女が、涙を零して彼を呼んだ。




「桜示先輩……ッ!!」

「やっと思い出した。探したぜ、美波」




 ミアプラ、いや、十塚美波は、転生前の記憶を取り戻した。

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