静水の姫君
長いウェーブのかかった銀髪を揺らし、少女は跳躍した。
額のティアラが陽の光に輝く。
運動用に動きやすいように改良された、貴族用の服装が風に揺れた。
空を舞う姿はあやかしのように美しく、そして触れれば裂傷を負ってしまうと錯覚するほど鋭利な印象を見る者に与えた。
目の前には蛮族が使役していた野獣が、唸り声を上げて襲い掛かってくる。
大男の倍の体躯を持つ猫の化け物だ。
彼女の右手に持つ刃の細長い剣が煌めく。
そして――敵の脳天を一突き。
「……――他愛ない」
レイピアに付着した鮮血を拭いながら、少女はそう呟いた。
彼女の名前はミアプラ・キドゥス=カノープス。
齢15歳でありながら、軍人顔負けの実力を誇る令嬢だ。
容姿は見る者をハッとさせるほど端麗だが、同時に、読めない表情はしばらく観察していると底知れない恐ろしさを感じさせる。
まるで冷たく、人を潤す反面、時折無慈悲な牙を剥く水面のようだ。
いつしかその立ち姿は〝静水の姫君〟などと呼ばれるようになっていた。
そんな彼女も年頃となり、婚儀の話が舞い込んできた。
ミアプラは男に興味などなかったが、カノープスは名家、それも王家の末裔であり、一人娘の彼女で血を途絶えさせるわけにはいかない。
結婚から逃げることなどできない。
だから彼女はこう条件を出した。
「私より強い男となら、立場を問わず結婚するわ」
どのみち、その条件を満たす男でなければ彼女と添い遂げることなどできない。
両親はそれを受け入れた。
そして、国中から腕の立つ男たちを集めた『婚前試合』が開催される運びとなった。