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2.金色は彼女の色

授業が終わり、生徒たちは寮へと流れる。

俺もその1人だ。


「アラルくんっ!」


甲高い声が俺を呼び止める。


イシククルだ。


「イシククル。

あのさ、その気色悪い声なんとかならないのか?」


「ほえ?イシククルって?

私の名前はクルだよ?」


殴りてえ。

しかし拳をグッと堪える。

殴っちゃダメだ。相手は体は女なのだ。

それも俺が殴ったら3メートルくらい吹っ飛びそうなほど小柄な。


「……クル。何の用だ。」


「うん、あのね、アラルくんに用があって……。

お部屋にお邪魔してもいいかなあ?」


「……いいけど、お前も寮生なんだよな。

お前の部屋に行こうか?」


「え、女子寮だから手続き面倒じゃない?」


女子寮。

イシククル貴様、女子寮にいるのか。


「お前それ犯罪じゃないか?」


「ほえ?なんのこと?」


「ハッ、まさか、大風呂に入ったりしてないよな……?」


そうだとしたら俺は通報する。


「……親のコネで女子寮の離れの離れ、浴室完備の部屋にいんの。」


イシククルは小声でボソボソ呟いた。

なるほど、それなら安心だ。


「なんだ、疑って悪かったな。

でも女子寮にいる時点でちょっとやばいと思うぞ。」


「仕方ないだろ……!

まあオレとしても最高の思い出を作る努力は惜しんでないがな……。」


……やはり通報するべきか?


「クルちゃーん。」


後ろから見知らぬ男子生徒が声を掛けてきた。

鼻の下を伸ばし、イシククルにメロメロになっていると一目でわかる。


「どうしたの?」


「い、いや、今日暇だったりしない?

もし良ければ俺と一緒にご飯を……。」


「ごめんね、私今日アラルくんとお話があるから……。」


イシククルは上目遣いで男子生徒を見た。

……気色悪い。

よくここまでノリノリで出来るな。


「あ、あー、そうなんだ。

じゃあ、また今度……。」


「うん、またね。」


「……すごいなお前……。」


「え?なにかな?

さ、早くアラルくんのお部屋に行こう!」


彼は俺の腕をグイグイ引っ張ってきた。

でかい胸が当たる。

しかし正体を知っている俺の心は興奮することなく凪いでいた。



「人前では俺をクルと扱うように。」


「……なんでだよ。」


「もし万が一男に戻れないとわかった時の保険だ。

それで、どうなんだ。なにかわかったか?」


彼は俺の部屋のソファに座り、肘をついて傲慢に聞いてきた。


「なんもわかんないよ。

まず情報が少なすぎる。

お前はなんのために女になってしまったのか。どんな呪いの種類なのか。

相手の目的が少しは掴めないと俺には無理だ。」


「だーかーらー!相手がわかんねえんだって!」


「ハア、だよな。

よしじゃあ、お前が女になって得する人間は誰だ?」


「得する人間ねえ……。」


イシククルはオヤジのように足を組んで俺の出した菓子をボリボリ食べる。

パンツが丸見えだ。


「後継者になりたい奴とか……?いやでもオレの家の後継者になったところでなんにもならねえしなあ……。

あと単純にオレのことが嫌いとか?

でも女になるって微妙な嫌がらせだよなあ……。俺ちょっと嬉しいし。」


「なあ、パンツ見えてるぞ。」


「お前話聞いてた?パンツなんざどうでもいいんだよ。

ちなみにオレのパンツの拘りは赤色で揃えるってことだ。

毎日が勝負。」


「なるほど、勝気でいいな。」


イシククルの家は名は良いが、そこそこだ。わざわざ後継者争いが起こるほどではない。

そして嫌がらせというのも確かに微妙だ。

イシククルを少しでも知ってるなら女になるだなんて奴にとってはご褒美だとわかるだろう。


「なあ、もっとパーってわかんねえのか?解呪師さんよお?」


「だから、師匠ならわかるんだろうけど俺はある程度呪いの種類を特定しないと解けないんだよ。

解毒剤だってなんの毒飲まされたかわからないと意味がないだろ?」


「え?解毒剤とりあえず飲んどきゃいいんじゃないのか?」


そうだったらどんなにいいか。

俺は首を振った。


「早くわかりたいなら、師匠に聞いてくれ。」


「いや、そういう訳にはいかねえよ。

その師匠が誰かに話さないとも限らねえし……。」


「なら地道にやってくしかない。

過去のお前の行動全てを洗いざらい吐け。」


「え、オカズとかも……?」


「それは気色悪いからいりません。」


俺はイシククルに紙を渡して女になった半年前の行動を書かせとくことにした。

俺は俺で、図書室で調べてくるとしよう。



美しい黒髪が目に入る。

ヴェルタだ。

彼女は誰かと話している。


相手を見ると男だった。

……誰だあいつ……。顔が見えない……。


俺は借りてきた本を投げ出しヴェルタの様子を伺った。


くっ、ここからじゃ何話しているか全然聞こえない……!


俺が身を乗り出した時、ヴェルタが笑った。

……笑ったのだ、あのヴェルタが。

何があろうと表情を変えないヴェルタが。


ふいに男がこちらを見た。


ああ、あいつだ。

ヴェルタの思い人。

バングウェウル……。


彼はこちらに気付くと驚いた顔をしたが、すぐに目を逸らした。


俺も2人から目を逸らし、投げていた本を拾いイシククルの元へ戻った。



「……アラル?大丈夫か?」


イシククルが困った顔で俺を見上げていた。

相当情けない顔をしていたようだ。


「ああ、なんでもない。

それよりお前は行動書いたのか?」


「ああ、バッチリだ。」


「どれどれ。」


俺はイシククルから紙を受け取る。

読み進めていくうちに違和感を感じた。


「なんでこれ女のことしか書いてないんだ。」


「ああ、それしか覚えてないからな。」


書いてあったのは家庭教師が結構な美人だとか花屋の娘が可愛いだとかたまたま列車で隣に乗り合わせた女が余りにも可愛くて忘れられないだとかそんなことばかりだった。


……しょうもない奴だな。

呪ったやつもなんでこんな馬鹿に労力割いたんだ。


「ん?

お前、婚約者がいるのか?」


紙の最後の行に「婚約者が出来る」と書かれていた。

イシククルと婚約するだなんて、前世でどんな悪行を犯したんだろう。


「ああ、そうなんだよ。

とは言ってもオレは会ったことないんだけどな。

ま、このまま破談だろ……。」


それもそうだろう。

彼は残念そうにしているがこれで良かった。

いくら前世で悪行をしていようと、今世でイシククルと結婚するなどという罰を与えるべきでは無い。


「これじゃわからないな。

もっと思い出せないのか?」


「女になったことの衝撃で過去のことなんざ忘れちまったよ。」


「うーん。

……記憶の魔法を使うしかないか。」


記憶の魔法。

それはその人の過去の行いを蘇らせる、その名の通りの魔法だ。


「記憶の魔法って、めっちゃ難しいやつだろ!?

お前出来るのか!?」


イシククルは尊敬の眼差しで俺を見てきた。


「出来るわけがないだろ。

見様見真似だ。ま、なんとかなる。」


「ちょ、ちょ、ちょっと待て!

失敗したらどうなるかわかってんのか?」


「記憶が消えたりするな。」


「お前、オレからちんこだけじゃなくて記憶も奪うのかよ!」


ちんこは奪ってないぞ。


俺はイシククルを落ち着かせ、魔法陣を描く。


「待て待て待て待て何実践しようとしてんだふざけんななお前悲鳴あげて強姦魔に仕立て上げんぞ。」


「すごい、ノンブレスだ。」


強姦魔に仕立て上げられては堪らない。

魔法陣を消してソファに座る。


「記憶の魔法の教授とかいねえの?」


「いるけど、わざわざ教授に頼みに来るだなんてどんな重大なことかって根掘り葉掘り聞かれると思うぞ。」


イシククルは黙った。

そこまで考えが及ばなかったようだ。


「そもそも俺は解呪師見習いだ。

魔法使いじゃないから、魔法はあんまり詳しくないんだよ。」


「お前の知り合いで記憶の魔法が得意なやつは?いねえのか?」


「……記憶や感情を研究している知り合いがいる。」


彼はパッと顔を輝かせた。


「そいつに頼めねえか!?」


「……どうだろう。」


「なんだ、信頼できない奴なのか?」


「そんなことはないんだが……。

……頼んでみるよ。」


彼はありがとう、ありがとうと俺を拝み倒した。

もっと言葉以外で感謝を表してほしい。

例えばご飯奢るとかしてほしい。



長い髪をたなびかせ、ヴェルタが歩いている。

俺は意を決して彼女に話しかけた。


「ヴェルタ、ちょっといいか。」


「……なんですか。」


「相談したいことがあって。」


彼女は少しだけ眉根を寄せたが、「わかりました」と言ってくれた。


「その、魔法のことなんだが。

記憶が曖昧で、その記憶を再現させる魔法を使ったとする。

そうすると術者にもその記憶が筒抜けになったりするのか?」


「魔法の種類によります。

人の記憶を覗いたり弄ったりする魔法というのは高度なものですから、そう簡単には使えませんね。」


確かに、そんな魔法が簡単に使えたらたまったものじゃない。

俺が昨日一日社会の窓が開いていたこともバレてしまうということだ。

良かった、難しい魔法で。


「ちなみにヴェルタは使えるのか?」


「いえ、勉強中です。」


「じゃあ本人にだけ思い出させる魔法は使える?」


「それでしたら。」


よしよし!

これならヴェルタに頼める。


「あの、だな。

ちょっと頼みたいことがあって。」


「記憶を蘇らせればよろしいんですか?」


さすがヴェルタ!話が早い。


「そ、そうなんだ!」


「構いませんよ。

いつ頃の記憶でしょう。」


「あ、俺じゃなくて……。

イ……。クル!」


俺がクルと呼ぶと、奴は壁からひょっこり顔を出した。

そしてなんだかくねくねした動きでこちらに近づいてくる。

もっと普通に歩けないのか。


「こ、こんにちは。

あの、クルって言います!」


イシククルはわざとらしいお辞儀をする。

腹立つな、こいつの女の演技。


「……クルさん、ですか。

初めまして、私はヴェルタです。」


ヴェルタが美しい手をイシククルに差し出す。

彼は「よ、よろしくです!」と言いながらヴェルタと握手する。

奴の鼻の下が一瞬伸びたのを俺は見逃さなかった。

ぶっ殺すぞ。


「それで、彼女の記憶を蘇らせればいいんですか。」


「ああ、頼む。

半年より前の記憶だ。」


「……わかりました。」


ヴェルタはイシククルの前に背筋を伸ばして立った。

彼の額に手を当て呪文を唱える。


「ニミュエの娘、記憶の門番、閂を開け、鎖を放て、47番目の色が変わる前に」


ヴェルタの指から金色の光が漏れ、イシククルの額を輝かせる。


魔法を使っているときのヴェルタは本当に美しい。

金色の光が彼女の褐色の肌と黒い髪を照らす。

金色はヴェルタの為の色のようだ。


俺がヴェルタに見惚れていると、いつのまにか魔法はかけ終わっていたようだ。


「どうですか?」


「ああ……すごい……これは……。」


イシククルは遠くを見てブツブツ呟いている。

無事思い出せたようだ。


「ヴェルタ、ありがとう。」


「いえ。」


「ああ、やっぱりオレ、巨乳も好きだけど貧乳も捨てがたいな……。」


突然のとんでもない発言にヴェルタは「えっ?」と驚く。

まずい、ロクでもない記憶まで蘇ってるぞ。


「もう乳さえあれば……」


「ヴェルタ、本当にありがとう。

このお礼はまたさせてくれ。」


「あっ……。」


俺はイシククルを小脇に抱えて走り出した。

なぜヴェルタ前で下品な話をするんだ……!



「で、どうなんだ。

なにか役に立つ記憶は思い出せたか?」


「うーん、特に無い。」


……こいつ……ヴェルタにまで迷惑かけてまでやったというのに……!


「お前なあ……!」


「わあ!待て、落ち着け!

役に立つかわからないけど、一個思い出したことがある!」


「……なんだ。」


俺は拳を下ろした。

イシククルはそれを見てフウと息を吐いた。


「去年の初春に叔父が帰って来たらしいんだ。」


「叔父?」


「ああ、ドラゴンの研究をしてて何年も前に行方不明になってたんだ。

行方不明になってる間に祖父が死に、オレの親父が後を継いだ。


もちろん叔父はそのことを知らなかった。それどころかいつのまにか出来てた自分の子供が次期後継者だと思ってたんだよ。」


つまりその叔父が自分の子供を次期後継者にするためにイシククルに女の呪いをかけた……あり得る話だ。


「叔父か……。

なあ、お前どうしてこんな大事なこと忘れてたんだ?」


「それがさ、親から直接聞いたんじゃなくてメイドが話してるのを盗み聞きしたからさ……。本当の話かわかんないし。」


メイドの話か。

信憑性はどうなんだろうか。


ただ、イシククルにわざわざ女になる呪いをかける、というところから見てこの叔父がやった可能性が高い。


「その叔父に会えないか?」


「会ってどうするんだ?

まさか直接聞くのか?」


「そんなことしない。

もしその叔父さんがお前を呪ったならその痕跡が残ってるはずだ。

それを調べる。」


もし本当に叔父がやったという証拠が出来たら、叔父に呪いを解いてもらった方がいい。

呪いはかけた本人が解くのが一番手っ取り早いのだ。


「わかった!

親父に聞いてみるよ。」


イシククルは早速手紙を書くと言って部屋から出て行った。

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