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1.女になった旧友

俺は目を閉じる。

目を閉じても闇は訪れない。これはただの瞼の影だ。


本当の闇は人の心に潜むという。

嫉妬、猜疑、強欲、復讐……。

そういったものはやがて呪いへと変わる。

それはタバコの臭いのようにこびりついて落ちない。


しかしそれを落とすものがある。

重曹だ。

もし、ヤフオクで落札した商品の中でタバコの臭いが落ちなくて困ったというものがあればジップロックに重曹を入れ何日か置いておくとあら不思議。

臭いが落ちているではないか。


タバコの臭いではなく、呪いを落としたいという人は重曹ではダメだ。

解呪師だ。

もし、往来で肩がぶつかっただけで因縁をつけられて呪われたという人がいれば解呪師に金を積むとあら不思議。

呪いが解けているではないか。


俺はそんな解呪師になるべく、このカスピ魔法高等学校に入学した。



入学して早4ヶ月。

季節は夏から初春に変わっていた。


俺は解呪師のクラスで1位の成績を収めていた。

別に1番になりたいわけではない。

それよりも、この世界に溢れる呪いの解き方をドンドン吸収したかった。


というとかっこいいのでそう言っているが、やっぱり1番になりたくてテスト前は徹夜している。

勿論、周囲には「いや全然勉強してないよ、やべー」と言うのを忘れない。


「アラルさん、ちょっとよろしいでしょうか。」


俺が成績表を見てニヤニヤしていると婚約者のヴェルタが声をかけてくる。

褐色の肌に長い黒のストレートヘアに銀縁眼鏡で、いかにも賢げだ。

彼女は絶対零度の瞳で俺を見た。


周りがビクビクしているのが見えたが、もう10年の付き合いになる俺は怯むことなく彼女を見つめた。

内心どうしてそんなに睨んでくるの……と思わないでもないが。


「どうしたんだ。」


「そろそろコシボルカの祭りの季節でしょう。」


コシボルカの祭りと言われ、ああと呟く。

コシボルカはこのカスピ魔法高等学校を設立した人物であり、彼を讃える祭りが一年に一度行われる。要は文化祭みたいなものだ。

好きなだけ飲み食い出来るので俺はこの祭りが好きだった。

……ある一点を除いて。


それはダンスだ。

そう、察しのいい諸君なら気付いただろう。

男女ペアになってダンスを踊るのだ。

何故思春期真っ只中の少年少女をペアにさせてダンスを踊らせるのかわからない。

悪趣味だ。


「ダンスのペアのことか?」


「ええそうです。

私はあなたさえ良ければまたペアをお願いしたいのですが。」


「俺は構わない。」


澄ました声で返事をする。

本当は飛び上がって喜びたいところだが、ここはクールに決めないとな。


「なら今年もよろしくお願いします。」


ヴェルタは美しいお辞儀をして去って行った。

我が婚約者は素っ気ない。

この親に決められた婚約を納得していないのだろう。


何せヴェルタには好きな男がいるのだから。



俺が格好つけて1人で本を読みながらご飯を食べていると、1人の少女が駆け寄って来た。


フワフワの髪に改造されたフワフワの制服。

まるでアンゴラウサギのようだ。


「あ、あの、アラルさん、ですよね?」


少女は手を胸の前で組んで上目遣いで俺を見て来た。

胸でか……。


というか、この人何気に俺のこと下の名前で呼んだな……。なんで俺の名前知ってるんだ。


「そうだけど、あなたは?」


「えっと、クルって言います!

その、アラルさんにお願いがあって……。」


クルと名乗る少女はモジモジとスカートの裾を弄っている。

……なんだかな。

可愛いけど、こうすると可愛いんだろ?という思いが透けて見える。

所謂ぶりっ子だ。


「あー、なんのお願い?」


「ここじゃちょっと……。

2人きりになれる所に行きたいんですけど、ダメ、ですか?」


ダメじゃないけど……。

ここで断ったら、俺が悪い奴になるよなあ。


「いいよ。

じゃあ解呪師クラスの準備室でいい?」


「はいっ!」


クルはにこーっと満面の笑みを浮かべた。

……悪い子じゃないんだろうけどなあ……。



俺とクルは2人きりで準備室にいた。

クルは未だにモジモジしている。


「それで、お願いって何かな。」


「あのっ、その……。」


クルは周りをキョロキョロ見渡して、それから唾をごくんと飲んだ。


「オレを助けてくれ。」


……急に男のように喋り出したクルに、俺は戸惑いを隠せなかった。


「ん?」


「お前は覚えてないかもしれないけど、オレの本名はイシククルだ!

ほら、ちっちゃい頃よく遊んだろ?覚えてねーかなあ……。」


覚えているとも。

幼い頃、俺の悪友だった男。

一緒に部屋に飾ってあった絵に落書きして俺だけ怒られたり、家庭教師のカバンに虫を入れて俺だけ怒られたりしたのを思い出す。

そう、イシククルは男だ。

男だったはずだ。


「い、イシククルって、あの?」


「覚えててくれたんだなあ!そうだよ!

久しぶりだなあ!」


「は、はあ……。」


「いや、わかる。お前の気持ちはよおくわかるぞ。

いきなり超絶美少女に話しかけられたと思ったら昔仲良かった男と名乗ってきた……。意味がわからないだろうな。」


超絶美少女の時点でズレがあるがまあ置いておこう。


「本当にイシククルなのか?

お前女だったのか……。よく一緒に水遊びとかしたけど全然わかんなかった……。」


「違うんだ!

お前へのお願いってのはこれのことで……。」


イシククルは俺の手を力一杯握ってきた。


「オレ、呪いで女になっちまったんだよ!

なあ、お前解呪師だろ?なんとかしてくれ!」


……女体化の呪い、ということか?

いやそんなまさか。

あれは結構強力な魔法で、そう簡単にできるものじゃないはずだ。


「……俺のことからかってるのか?」


「違う違う!マジで困ってんだよ!

確かに最初は無料でおっぱい揉み放題ヤッホーって思ったけどさ、おっぱいがあってもちんこが無えんだよ!わかるか!?お前にこの苦しみ!?わかんねえだろ!」


「わかんないな。」


「そうだよな!

どれくらい辛いかと言うと、あ、でも朝勃ちが無くなったのも良いことだな。

いや、どれくらい辛いかと言うとどんなに好みの女がいても口説いた所で無駄ってところだな。ヤれねえんだもん。

俺このままじゃ童貞卒業出来ないで一生終えそうなんだけど。」


この下品な喋り方。

間違いない。イシククルだ。

俺は懐かしさに胸がいっぱいになった。


「イシククル、久しぶりだな。

元気そうで良かった。」


「お、信じてくれる気になったのか。

なんだ、ちんこの無い辛さがわかったのか。」


「ああ、俺の周りでこんな下品な奴、イシククルしかいないから。

それで、どうして女になったんだ?」


イシククルは「下品?」と首をかしげたが、俺が理由を聞くとピョンピョン跳ね始めた。


「そう!聞いてくれ!

つってもオレには何がなんなだかわかんないんだけどな。

ただ、今年の春……いや初夏くらいかな、目が覚めたら女になってたんだ。

で、色々調べてみたらどうもこれは呪いによるものだってわかって……。

ただ、お抱えの解呪師に何人かに当たっても誰も呪いを解くことが出来ないんだ。

お前、天才になったんだってな。オレの呪いを解いてくれないか!?」


イシククルは握っていた手に更に力を込めた。痛いなんてもんじゃない。


「手を離してくれ!

……それしか情報はないのか?

そらだったら師匠に頼んだ方がいい。」


「ダメだ!」


イシククルは離しかけていた手にまた力を込めた。


「このことは公には出来ない。

家の体面を考えてくれ!一人息子がいきなり女になっただなんて、格好のネタじゃないか!」


「で、でもな、俺だってまだヒヨッコだし。」


「頼むよ、親はもう諦めてオレを女として扱い始めた。

入学の時だってオレを女として入学させたんだぜ!?あんな親信じらんねえ!

入学してからずっと方法を探してて……でも見つからなくて……。

オレにはもうお前しか頼れる奴がいねえんだよ……。」


イシククルは半泣きになる。

見た目は女なので、どうも罪悪感が湧いてくる。

この腕を握る力の強さは女らしくないが……。


「う、わかった、わかったよ。

俺に出来ることはやるよ。」


「本当か!?

ありがとう!!」


彼、いや彼女、いや彼はオレに抱き付いてきた。

おいおい、こんな所見られたら誤解され……。


「アラルさん……。」


「ヴェ、ヴェルタ……?」


「……すみません、お邪魔でしたね。」


ヴェルタは冷たい顔のまま準備室の扉を閉めた。


とんでもない勘違いしている!


「ま、待ってくれヴェルタ!」


「うわ、誰今の美人。

お前の女?嫉妬で気が狂いそう。」


「黙ってろ!」


イシククルを放置してヴェルタを追う。


「ヴェルタ、今の奴は俺の昔の友達で、話が盛り上がってあんなことをしてきたんだ。

決して色恋に発展するようなものじゃ……!」


「別に構いませんよ。」


ヴェルタの絶対零度の茶色の瞳が俺を射抜く。


「親が決めた婚姻ですから。

お好きにどうぞ。」


俺はその言葉に放心し、一歩も動けなかった。

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