癒えた傷に涙と風を
「え?本当に・・・・・治ってる」
サラの背中からでていた血は止まっていて、荒くなっていた息も戻っていた
今はスヤスヤと寝息を立てている
俺は信じられなくなって何度もサラの背を確認した
治っている、本当に
「当然です。お嬢様を死なせるようなことあたくしがするとでも?」
俺の心を見透かしたのか、お婆ちゃんは鋭い声だ
「いや、そういう訳じゃなくって」
「冗談ですよ。ここまで運んで下さって本当に有難うございました」
俺があたふたして返事を返すとにこやかにお婆ちゃんは笑って言った
「運んだのは俺じゃなくてルラだし・・・俺何も出来てません」
そう、俺はただ泣いて今ここに居るお婆ちゃんにすがっただけだ
何も出来なかった
サラは―――事情があるみたいだったけど、俺のこと守ってくれてたのに
なんでこんなに俺は無力なんだろう
不意に俺の眼からは涙がこぼれ落ちていた
「いいえ、そんなことございません―――泣かないで下さい」
「すいません・・・・・」
なに泣いてるんだ俺は
恥ずかしくなった俺は腕の裾で目から出ている涙を拭き取った
「謝らなくてもいいですから」
「ほんとすいません」
俺の言った言葉にもう一度お婆ちゃんは「大丈夫ですから」と苦笑いで言ってから、ルラを促した
「ルラ、もうすぐでしょう?出来るだけ早くして頂戴、女王様はもう限界だわ・・・・と言ってもお嬢様がこんなじゃ今日は顔合わせはないけれど・・・・ルラ?」
お婆ちゃんの言葉にルラは今まで俺が聞いたこともないような声で悲しそうに鳴いた
さっきまであんなに大きく吠えていたのに
この声を聞くと、この大きな身体には不釣合いなくらいに幼く感じたのは俺の気のせいだろうか
「あぁ・・・主人が居ないから方向感覚がおかしくなってしまったのね?」
ルラは「情けない」とでも言うように鳴いていた
「いいわ、あたしが一緒に乗りましょう。ホーン、こっちへ付いて来なさい」
お婆ちゃんはさっきまで自分がまたがっていたドラゴンに声をかけた――――?
お婆ちゃん――――じゃない
俺は自分の眼を疑った
さっきまでお婆ちゃんだったのに
俺の目の前には若い女の人が居たのだ
「え?お婆ちゃんっ?」
「あぁ、申し遅れてすみません、あたくしお嬢様方の世話係をしておりますセシル・アルダ・ノアといいます。以後お見知りおきを」
そう言って彼女―――セシルは照れたように笑って言った
「顔や身体が変わる種族でして・・・・・驚かせてしまって申し訳ございません」
「え?あ、いいえ俺は・・・・」
半ば混乱していた俺はもう喉まで出かかっていた自分の名前を奥底に捻じ込んだ
名前は名乗ってはいけない
サラが言っていた言葉だこの人が王宮の人なら守ったほうがいいだろう
俺は一呼吸置いてからきつく手を握り締めた
「勇者です―――宜しくお願いします」
ルラに進むように合図をしたセシルは驚いたように口をポッカリと開けて俺の顔をじっと見た
正直俺がその顔をあんたにしたいんだけど・・・・・
「それって本当に?」
「はい、一応・・・・たぶんコレが出て来たんで・・・・」
そう言って俺は傍らに置いておいた剣を指さす
ペンダントから剣になったままの剣は、サラの剣のようにいつの間にかペンダントには戻ってくれないらしい
俺の手にはさっきで見つけたサラのペンダントが握られている
「まぁまぁおめでたい!それはわざわざザグラムに立ち寄ってくださってありがとうございます!」
「え?なに言ってるんですか?」
「ご謙遜を!さっそく王宮へ参りましょう!」
勝手に一人で盛り上がっているセシルはルラを急かし始めた
「え?いいですってそんなの大丈夫ですから――――」
その時、目の前には突如大きな宮殿が見えた
「うわぁすごい―――」
セシルは俺の顔を見ながら嬉しそうに言った
「ようこそ、勇者様」
ルラがさっきよりも大分げんきに吠えた
「白の国―――ザグラムへ!」
空は紅く俺の背を押した