人と、機械と、炎と、敵
───十分後。
「……ええい、キリがない!一体どれだけ来るんだ!?」
「後部座席のキミ、レーダーの赤い点を数えて!」
「ええと、1、2……レーダーの範囲内には5つあるよ!」
学校のグラウンドで、校舎を飲み込み燃え盛る炎を背に、漆黒の装甲を持つ鋼の巨人が、銃を持った機体と戦っている。
漆黒の巨人が、対峙する二機の片方に接近し、左右の拳で頭部を打つ。続けて左のボディブローから、打ち下ろすような右のパンチ。
この連撃で、相手となった機体は倒れ、機能を停止したようだ。
「ってことは、今倒したから目の前の一機、さらにあと三機相手にしなきゃならんのか……!くそぉっ!どうしてこんな事に……!」
───あれから、フォディーナ側の国境警備隊の機体が現れた。規模は小さいものの、機体性能と同乗する少女のアドバイスを頼りにしているリクハルドは、非常に永い間、無数の敵と戦っているような錯覚に陥っていた。
最初の二機のスクランブル機は、せいぜい偵察機や電子戦用機の装備だった。その対象であるモノの追跡、周辺部隊への協力要請を主としたものだ。故に、それらの撃破は多少なりとも容易だった。
しかし、ちゃんとした装備の国境警備隊ともなるとそうはいかない。武器こそ変わりないものの、戦闘・防衛に秀でた整備をされた機体は、かなりしぶとい。
少女は、新たな攻撃を指示した。
「もう一機は、キックで倒して!今まで使ってたトリガーの下にもう一つあるから、それだよ!」
「このっ、でりゃあっ!」
接近し、後ろ回し蹴りからストレートに繋ぐコンビネーションをかける。やはり蹴りの威力は高く、また防御力がさほど高くない機体であったため、それで撃破した。
「はぁっ、はぁっ、……あと三機……!」
「キミ、大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか……!でもな、やめるわけにもいかないだろ……!」
少女の気遣いに悪態をつきながら返答し、リクハルドは僅かな休息をとる。
後続が来るまではあと二分ほどと判断されたため、深呼吸をする。
「……ゴメン。ボクが、こんなとこに墜落しなかったら、二人とも大変な思いしなくて良かったのに」
少女が申し訳なさそうに体を縮こまらせる。
「今更何言ってる、過ぎた事あれこれ言うより、今を切り抜けるアドバイスを頼む!」
「う、うん……」
「ぶっきらぼうな言い方だけど、『気にするな』ってことだね」
休む間くらいには、ほんの少しではあるがちょっとした軽口も叩ける。
そして、レーダーに映っていた後続の三機が現れた、のだが……。
「……何だ、シケた相手だな……?」
リクハルドが言うように、今度は戦闘用には見えない機体だ。一機は武器こそ装備してはいるが、構えるだけで撃ってこない。彼らとしてはそれはそれで良いのだが、どこか不気味でもある。
そして他の二機は、撃破された機体及びそのパイロットの回収を行っているようだ。
「軍用作業機体……ってとこかな?馬力はあるけど、あんまり速くは動けないみたいだね」
「どうするの、リク君?」
確かに、作業中であれば隙は大きいだろう。しかしリクハルドは動かない。
「どうするもこうするも……いくら俺が卑怯者っつっても、救出作業中に攻撃するような非人道的な奴にはなりたくないしな」
「それもそうだね」
イェレミアスもすぐに納得したようだ。それから数分ほど睨み合いが続いたところで、甲高い音が聞こえ、グラウンドに、航空機が着陸してきた。
「ちょっ、何だ!?レーダーには映ってたか!?」
「いや、全然……!」
「……あの大型……ステルス爆撃機、ううん、ステルス輸送機!?こっちのレーダーが電子戦用機並みだったら気づいた、かな」
少女が感じた通り、それは輸送機だった。撃破された機体が、次々と収容されていく。
「形勢不利と見た……か?」
「ううん、多分時間切れだと思う。いくらここが辺境っていっても、そろそろこっちの部隊に気付かれる頃だろうし……」
「どっちにしても、これで終わり……いや、もし去り際に爆弾でも落とされたら……!」
イェレミアスが不安を感じたが、少女がそれを否定する。
「多分大丈夫だよ、向こうにとっても、この機体はなんとかして取り返したいはずだしね。
……市街地への攻撃を躊躇うのは考えにくいけど」
「そうか、助かる……いや待て、取り返す、だって?それに何故市街地攻撃を躊躇わないんだ?仮にも連中だって軍隊だろう、無差別攻撃はしないだろ?」
リクハルドが安堵しながらも疑問を口にするが、その時には彼らの方にも時間切れがあった。
「う、うーん……なんかボク、緊張の糸が、切れちゃった、みたい……もう、限界ぃ~……」
少女が、急に倒れてしまったのだ。幸いにもその頃には敵も撤収しており、また彼女も気絶───アンドロイドに気絶というのもおかしいが───しているだけと判断できたのだが。
「……おい。この場がなんとかなったんだから、さっさと帰れよ!」
そんなリクハルドの声も、気絶した少女には届かない。
───この日から、彼らの生活は大きく変わることとなる。