天より墜ちたる巨人 その呼び声
普段通りの学業を済ませ、放課後になった。リクハルドは食べ歩きをしようとイェレミアスを誘ったが、
「ごめん、僕、今日はちょっと用事があるんだ」
と断られてしまった。
「そうか、そりゃ残念だ。明日は期待してるぜ、それじゃな!」
仕方なく一人で帰宅することにしたリクハルドは、通学路の途中にある商店街を通ったところで、気づいたことがあった。同じ時間でも、普段より暗かったのだ。
「……今日は、日が落ちるのが早いな。何か、変な事でも起こらなきゃいいが」
リクハルド自身は、痴漢や変質者の存在を指して言ったつもりだったのだが……
偶然にも、彼の言葉の直後、『それ』は墜ちてきた。
「……な、何だ!?」
見上げた空の上で、何度か光が瞬いたかと思うと、突然ひときわ強い光……いや、炎が上がった。
炎を吹き出しているモノは、燃えているがために、その輪郭が見える。
鋼に包まれた、巨人。
「……エクエス・カリュプス……!?どうして、こんな辺境の街に!?」
───この惑星では、巨大な人型ロボットが普遍的に存在している。
100年ほど前に発掘されてから、まず戦場に、それから民間にも投入されている。
その中でも、軍用に使用されているものを指して呼ぶ名が『鋼の騎士』だ。平均的な全長は20m、今ではほとんどの国の軍で主力兵器となってる。
略称として、ECと呼ばれている。
民間のものについては、後述する。
炎を纏ったそれは、リクハルドが見ている前で、彼の通う学校へと墜落した。
衝突の轟音、爆発音、それから少し間を置いて、人々の叫び声と、駆け足で逃げる際の不規則な足音が響く。
「な、何か知らんがヤバそうだ……!」
リクハルドもそれに倣って逃げようとしたが、すぐに思いとどまった。
「……そうだ、イェレミは!?あいつ、用事があるとか言ってたが、まだ帰ってないんじゃないのか!?」
最悪の事態を考えた彼は、学校へと走った。逃げ惑う人々を最小限の動きでかわし、密集している所は避け、真っ直ぐに。
程なくして学校に辿り着いたリクハルドは、衝撃的な光景ばかり見ることになった。
「……おいおい、二年の校舎、ほぼ全壊かよ!?」
機体が墜落したときに直撃したのだろう、リクハルドらのクラスがある校舎は、そのほとんどが崩れ落ちていた。だが、不幸中の幸いか、彼のクラスは半分程度の被害で済んでいた。
それ以外では、ガス管が破裂したのか、火災が起きている。
「……他のクラスの人には被害が及んでなきゃいいが……むっ!?」
心配するリクハルドの視界の端で、墜落した機体が動き出す。漆黒の装甲を持つそれは、炎が鎮火してはいたが、背中───アンバランスなほどに大きなバックパックの下部、その時のリクハルドには知る由もなかったが、スラスター部分だった───に、火花が散っていた。
そして、漆黒の機体が立ち上がると同時に、別の機体が2機、その目前に着地した。
「……まさか、こんな所で戦闘する気か!?勘弁してくれ、せめてイェレミを見つけて連れ帰るまでは……!」
幼馴染みにして親友を心配するあまり、本当に逃げ遅れているとは限らないということを失念している。そんな彼の視線の先、新たに現れた機体が、銃を構える。
「おいおい、やめてくれ!この黒いのが避けたりしたら……!」
間違いなく、直撃、跳弾、破片、どれかに当たる。しかし、それを省みて射撃を中止することは、十中八九有り得ない。マズルフラッシュが閃き、絶体絶命と思われた、その時……金属同士がぶつかり合う激しい音が鳴った。
「……ん、まだ……生きてる……?」
恐怖に身をかがめていたリクハルドは、目の前にいる巨人を見やった。
それは、両腕で弾丸を防ぐ姿勢だった。まるで、リクハルドを守るように。
何故、そうしたのかは分からない。しかし、続く銃撃も同じように受けているので、リクハルドはこれ幸いとイェレミアスの捜索を続けた。
(助かった……ありがたい。だが悪いが、感謝は後回しにさせてくれ……イェレミ、どこに行った!?)
心の中で感謝と謝罪をして、半壊した自分のクラスに入る。果たして、イェレミアスはそこにいた。片足が、吹き飛ばされたらしい机の間に入っているように見える。
「イェレミ!無事か!?」
「リク君!?わざわざ戻ってきたのかい!?」
「当然だ、親友だからな!それで、どうだ!?足に痛みは!?」
話もそこそこに、状態を訊く。
「うん、大丈夫。ただ、引っかかってるみたいだ……」
角度や向きを変えながら引くが、一向に抜ける様子がない。いくつもの机が重なっているため、簡単には動かないためだ。
「分かった。じゃあ、持ち上げるからその間に出るんだ」
リクハルドはそう言うと、迷わず、躊躇せずに、イェレミアスの足を挟んでいる机に手を掛け、
「ふんッ……ぬぅぅ……!」
僅かに隙間を広げる。
「よし、抜けたよ!」
「ぶはぁぁっ、重かったぁ!さあ、逃げるぞ、怪我は無いな!?」
「うん、心配かけてごめん!」
鋼の巨人達を後目に駆け出す二人。
だが、災難は続く。
二人が離れたためか、漆黒の機体は防御一辺倒の態勢を解き、立ちはだかる。
対する二機は、再稼働した相手を手強しと見たか、爆発物……銃身の下部に設置された射出器により発射されるグレネード弾を撃った。
漆黒の機体は回避行動に移るが、突然バランスを崩し、直撃ではないものの、爆風を至近距離で受けることとなった。
対EC用の擲弾となれば、その威力たるや対人用のそれとは比べものにならず、漆黒の機体は大きく吹き飛ばされる。
そして吹き飛ばされた先は、リクハルドらの目前であった。
「どわぁぁ!?せっかく逃げられたと思ったのに!?」
「ヤバいよ、僕達どうなるのさ!?」
進行方向を塞がれた形となった二人。
今度こそ万事休すかと思った矢先、転機が訪れた。
『キミ達!……お願い、どうか、ボクに協力して!』