辺境の街ジルエス 学舎の一幕
それは、いつもと変わりのない朝。
「ふっ、はっ、せい!せりゃっ、たっ!
えぇいッ!」
その青年は、早朝から、日課にしている武術の稽古をしていた。
一通りの稽古を済ませ、シャワーを浴び、リビングに向かう。そこでは、温和な雰囲気の女性が、朝食の用意───と言ってもあとは配膳するだけだが───をしていた。
「あら、今日も丁度良い時間ね」
「お早う、母さん。もっと遅く起きてもいいのに、そうしたら俺も手伝えるし」
席につきながら、青年がどこか心配そうに言う。女性……青年の母は、片手を頬に添えて微笑む。
「うふふ、リクは親孝行な子ね。でもいいのよ、日課だし、それに……」
一旦言葉を切り、牛乳を入れたコップを青年の目の前に置く。
「体を鍛えて、ちゃんと成果が出るお年頃じゃない。家事はお母さんに任せて、しっかり練習なさいな」
にこり、と慈愛に満ちた笑顔を見ては、青年も強くは言えない。
「……分かったけど、絶対に無理だけはしないでくれよ。調子悪い時は、俺が色々やるから」
「じゃあ、そうならないようにしないとね」
聞く耳持たず、といった感じの母に、青年は肩をすくめてみせ、それから朝食に手をつけた。
リクと呼ばれた精悍な青年、本名『リクハルド・ジリアクス』は、ごく普通の家庭に生まれ、普通の学生生活を送る男だ。年齢は16歳。
父親は武術の達人で、幼い時分のリクハルドにせがまれ、技を伝授していた。が、彼が10歳の時に突然旅に出て、以後、現在に至るまでの6年あまりの間、一切の連絡が無い。
それでも、リクハルドの母親『カリナ・ジリアクス』は、恨むこともなければ浮気することもなく、信じて待っている。
いつもと同じ朝を過ごし、同じ通学路を通り、学校に着き、自分のクラスに入る。
「お早う、リク君」
「お早う。いつも早いな、イェレミ」
真っ先に挨拶してきたのは、童顔で、中性的な印象さえある男子生徒『イェレミアス・ラハティ』。リクハルドの幼馴染みで、勉強が得意な方である。
リクハルドも、別に勉強が苦手というわけではないのだが、イェレミアスと比べるとそれなりの差が出る。全教科で平均すると、100点満点で10点分ほど。
「朝は集中しやすいからね。それに、これから勉強するぞ、って感じに頭のスイッチ切り換えることにもなるし」
「やれやれ、俺にゃ真似できんな」
リクハルドはイェレミアスの隣の机、自分の机に鞄を置き、ノートを取り出して広げた。
「ところで、昨日の宿題で分からんとこがあったんだが……」
「ん、何?どれどれ……」
一つの机で頭を突き合わせるようにしている二人を見たごく一部の女生徒は、その仲睦まじさに何かイカガワシイ事を考えたりもしているが、まぁ気にしない方が良いだろう。
ちなみに、この惑星での学校の制度は、初等5年、中等部4年、高等部3年、となっている。また、暦についても地球と同じで、現在は5月の中旬である。
リクハルドらは高等部の2年であり、そろそろ将来を真剣に考えるべき時期にきている。