逃げろ逃げろ
ドラゴンが殺され、ぼっちグループの女子が消えたあと、半ば放心状態で歩いていると、スライムに出会った。さっきまでドラゴンを目の前で見てたから、無表情で笛を刺して倒していく。
ある程度狩り、目標をクリアしてから、集合場所の宿屋に戻った。
全員疲労困憊していたので、明日王様に会うことになった。
∇▲∇▲∇
「まずは、誰が王様に向かうか決めましょう」
委員長が木製の長机に両手を乗せながら言った。
「やっぱり全員がいいんじゃないかな?」
すかさず、俺と昔に出会ったという奇跡を教えてくれた彼女が意見をだす。
「それはだめ。もしものことを考えて王様に謁見する人と、ここで待機する人数を半分にしとくべきだと私は思う」
やはり冷静で知的な委員長だ。誰も反対はしない。というか、最初からこうすると決めていたのだろう。
「決まりね。それでは昨日分けた二人ずつのグループから一人選出して。目標達成の確認を兵士に見せるから」
その言葉で、ふと一緒に行動した彼女と視線が合う。
「どうしよっか?」
「えーと……」
「なんなら、私がいくよ?」
「あ、はい」
「ズム君と私のチームからは、私が選抜されました」
可愛らしく敬礼をしながら委員長に言うと、「ふむ」と満足そうな声を出した。
本日の会話しゅうりょーう!もうちょっと会話したいよ!まぁ、会話のキャッチボールはできないけどな……。
それから各々話し合いで、謁見組は委員長、パズ、あの彼女になった。……いまだ彼女の名前を知らない…………。まぁ、俺を助けてくれた『女神』にしとくか。
んで、待機組が俺とジュウとこれまでの見た感じだと、委員長と一緒に行動したおっとりマイペースな女子だ。
謁見組は素早く身支度を始めるが、パズは手元が震えて用意が遅くなっている。委員長に指摘されると、涙眼になった。
しばらくして謁見組は王様のもとへと向かった。
「あのさ、ズムくん。僕は少し戦いに慣れときたいから出掛けてくるね。それにここの宿泊料も高めだったし」
謁見組と共に装備を整えていたジュウはそそくさと、宿屋から出ていった。
つまり、この部屋にいるのは俺と女子の二人。そしてジュウは逃げやがったのだと、俺は結論に至った。
「自分の部屋にもどひゅ」
噛んだ。しかしここで見も知らぬ女子に、大きな恥をかくよりはましだ。もともと宿屋は男と女の部屋の二つを借りている。
「ずっと見てた……」
確かにその子はそう言った。
「どうすればいいですかね……?」
主語が分からない。
「実はわたし、好きなんです……。彼のことが」
「だれのこと……?」
社交辞令みたいな感じで一応聞き返してみる。
「ジュウ様のことが……」
確かにこの子は好きな異性の名前を言ったが、脳が確認するためにコンマ数秒を要した。
そして、理解した。ジュウをぶっ殺す。なにリア充してんじゃ、ボケ野郎が。
「様」については、聞かなかったことにしよう。
「あの……手伝ってくださいませんか?」
「い、いいけど……」
リア充を崩壊させるのを手伝ってやろう。
「……ありがとです!」
まるで花が咲いたようにパァと表情を明るくしながら、俺の手を掴んで、胸まで持ってくる。少し心がいたい。
「ほほ、かの二人はどうなの?」
「協力を頼みましたが、自分で頑張れとしか言われなかったのです」
委員長の性格からは分かるけど、女神がそう言うとはな……。まぁ女神の性格やらは遠目で見たものしか、判断材料がないから俺に分かるはずが無い。
「ええっと……おれからも……同じことしか言えないような」
恋の経験なんてゼロだ。本当になにもない。
「わたしとジュウ様が二人に、なるようにだけでいいんです!」
「……で、でも、前にジュウは女のことが嫌いって言ってた……」
「あぅ……そうですよね。前に無視されたときありましたから……」
さっきは協力するとか適当なことを言って笑顔にさせたのに、今は肩を落として下を向きながら今にも泣きそうだ。
眼を擦りながら鼻水を啜る音すら聞こえる。
ちょっと待て、こんなところで泣かせたら明らかに周りに誤解される。たしか隣に住んでいる人はものすごく怖い容姿だったと、宿屋の主から聞いた。そいつからも壁ドンを通り越して壁を壊して来るかもしれない。
「え、え、えっと……そうだ。『オープン』『勇気の行進』」
手元に笛を呼び出し、口に当てる。その瞬間、勇気の行進というタイトルが書かれた楽譜が前方に出現する。
楽譜に沿って吹いていく。長年吹いてるかのように指は自然に動き、綺麗な音色が笛から吹き出す。力強い音が印象に残る『勇気の行進』は、二十秒ほどで終わってしまう。
「……こ、これさ、せつめいでは、勇気が出るやつなんだよ……ま、まぁ、ただSTRが上がるだけで実際には勇気なんて出ないけど……」
後半は独り言のようにぶつぶつ小さな声で呟いていた。
「とても綺麗な音でした。なんか、勇気と元気が沸いてきました。ありがとです」
良かった、笑顔になってくれた。ここで泣かれて委員長やら女神に冷たい眼を向けられたら、後悔と恥ずかしさで死ぬかもしれないしな。
安堵の溜め息を漏らしたその時、扉が勢いよく開けられた。
「おい、ズム!逃げるぞ!」
汗が滝のように流れ、肩を上下に大きく動かして息をしてるパズが入ってきた。
「……なに言ってんの?」
「話はあとだ!早く!」
連れ去られるようにして俺は部屋をでていき、おっとり少女はついてきた。
外に出ると同じく汗だくの委員長と女神がいた。
「おい、ジュウはどこにいんだよ!」
パズが叫びながら、また宿屋に入ろうとしたので、すぐさまジュウのことについて話した。
「……わかった。ひとまず逃げるぞ!」
周りが走り出したので、思わず一緒に走り出す。
「なんで逃げてるのか説明してくれ!」
パズに向かって問いかけると、俺を睨んできた。
「お前のせいだよ!お前が最強種族のドラゴンを呼び出して、城に向かって攻めこんでくるっていう情報が流れてんだよ!」
なんだそれ。まったく身に覚えがない話だ。
「私はちゃんと話したけど、まったく相手にされなくって……」
うつむきながら女神が言った。
「さて、第二試験です」そんな声がどこからか聞こえたような気がした。