ねちょねちょ
心地よい太陽の下で寝ていると、頬が生暖かい液体によって撫でられた。おかしな言い回しかもしれないが、そうとしか表現ができない。
まぶたをゆっくり持ち上げてみると、緑の液体と目が合ってしまった。
音速のごとく体勢を正座に変更して、緑の液体に向かってお辞儀をする。
「えっと……スライムさんでよろしいですか?」
確認のため、本人に正体を尋ねてみた。本人じゃなくて本スライムか?まぁ、いいや。
あ、頷いてくれた。
俺の目前にいるスライムは、だいたい俺が正座をすると、同じ身長だ。緑の液体が効果音でプルんプルんと聞こえそうなほど柔らかそうで、それに子供の頃に作った雪だるまを連想させるように、2つの目玉が俺の目線の先にくっついてあった。
もう、これは調べるしかないだろう。こんなチャンスは滅多に拝めるもんじゃない。
「う、おぉおおおぉぉぉお!俺の手を一切拒まず、むしろ大歓迎されてるように両手が液体の中へ誘われ腕まで包み込む。もっとねちょねちょした気味悪いものと思っていたが、なんとも言えないちょうど良い暖かい温度と液体のねちょねちょ具合が素晴らしく、まるでお母さんの慈愛溢れる腕の中に入っているようだ!」
色々な料理を箱に例えるグルメレポーターの顔も真っ青になるほどの、素晴らしい伝えかただろう。伝えたのは味ではないが。
慎重に肩まで入れるとやはりとても気持ち良い、昇天してしまうかもしれない。
「ふぅ……。次は味だな」
匂いはまったくしない。なんの躊躇いもなく大口を開けて、たぶんスライムの腹あたりにかぶりつく。
「こ、これは!不味い!まずすぎる!生活汚水プラス生ゴミを加えたような泥水!ねちょねちょ具合がリアルさを醸しだしおえええええぇえぇぇえ……げほっ。――っ!大発見だ!俺の嘔吐物をスライムさんは体に取り入れ、物体ですら自らの体液にしてしまった!嘔吐物の臭いも消えている!それに――ゴボヘェ」
腹から液体が勢いよく噴出されて、俺の顔面に直撃した。その衝撃でスライムから腕が抜かれ、体はゆうに3メートルぐらいは飛んだだろう。
スライムは一家に1つあると便利だと途中で考えていたことを改めます。
地面に背中から落ちると、あまり痛くはなかった。地面に手をつき上体を起こす。あ、鼻血が出てくる。鼻の根元を摘まみながら空を見上げてみると、ニコニコ笑ってるような三日月の太陽を、隠す雲が1つもない晴天だった。
「おい、ズム。寝てるオレの体に向かって飛び技をかますとは、どういう了見だ?」
うへー、パズがヤクザの中にいても二度見するぐらいでスルーしてしまう顔つきだ。
「痛くないと思ったらパズが俺のクッションになってくれたんだ。ありがとよ」
パズの胸元をポンポンと叩いてやる。犬がボールをとってきたことに対してするように、よくやったという思いを込めた。
「会話をしろ。何故お前がオレの上にいるのかだ」
街中でこういう顔つきの人とすれ違ったら、一目散に逃げると思う。
「スライムさんに殴り飛ばされた」
「そんなのいねぇよ?現実見ようか?それとも目か冴えるようにオレが殴り飛ばしてやろうか?」
やっと笑顔になってくれた。ひきつってるけど。
「――ちょっとまて、まじかよ……」
この世の終わりでも見たかのようにパズの顔が白くなっていき、俺の背後に向かって指をつき出した。
「だから言っただろ?スライムさんは本当にいるんだよ」
振り向くとスライムが、液体は赤く染まり、さっきの体型からそのまま4メートルほどまでに大きくなったいた。怒ってるな、これは。
ジリジリとスライムが距離を詰め、俺とパズは影に飲み込まれた。
スライムの腹の辺りがボコボコと泡を出しながら熱をおび始めた。湯気が天高く登り、影がより一層大きさを増す。
前に買ったゲームのポケモソの技である、ンーラビームが脳裏によぎった。
「頭下げとかないと危ないかもよ~」
そんな声と共に俺の顔面は誰かによって捕まれ、後頭部が割れてしまうではないかと思うほどの強さで地面に叩きつけられた。否、地面ではない、パズの顔面だ。
なんか、後ろからすすり泣きのような音が聞こえるが、聞かなかったことにしよう。
「――っ!」
音だけで地面に亀裂が入るかと思うほどの爆音が鼓膜を揺らした。地響きが全身に伝わり、手足の末端から心臓まで、体全体の神経が逆撫でされたような気分になる。
後ろから女のような「ひっ」という声も、俺は聞いてなーい。
誰かの指の隙間から見えたものは、爆炎がスライムの腹を食い破るかのように這い出て、スライムが天を仰ぎながら消えていくシーンだった。
「大丈夫?パズム君」
聞き覚えのある声が安否を確かめてくれる。
「……その声は、ジュウか。お笑いコンビのようにパズとあだ名を繋げるな。それに若干スパムと似た響きで、嫌われそうだ」
「字はだいたい合ってるけど、似てはいないと思うよ」
冷静に突っ込まれた。