はじまりはじまり~
7×9=63
この数式はいったい何を示しているか分かるだろうか。勿体ぶらずに言おう、答えは小学校から高校までの教室の広さである。
住み慣れている地球に比べてしまってはあまりにも小さな範囲だ。そんな中に俺達は1日の約25%の時間を、費やしながら暮らしている。もう慣れたがな。
季節は秋に差し掛かり、クラス内でのグループができ始める。女子だと、気が強いグループやおとなしいグループ、オタッキーなグループと主に3つに別れている。男子もザックリ言ってしまえば陰キャラと陽キャラに別れ、そのグループとつるんでいる。
俺はもっと詳しく、たくさんグループを分けているが、今話しだしたら終える頃には、歩くのに杖が必要になってしまうかもしれない。
まぁ、俺はしっかりと陰キャラである。
「ズム君は相も変わらずいつものように現実逃避だね~」
クラス内を見渡していたのが、ボーっとしているように見えてしまったのか、後ろから話しかけられた。
茶色の地毛で天然パーマの男子が、机上に顎と両腕を乗せて、両腕の先についてある手が携帯ゲーム機のPSPを弄くっていた。手が忙しなく動いてるのにも関わらず、おっとりとした瞳でアイコンタクトをとる。
俺は両足を机から外に出して、体を横向きにして肘を椅子の背もたれの上にのせる。
「今なんのゲームやって……やっぱいいわ」
PSPの画面は見なくても分かっており、血が容赦なく吹き飛んでくるゲームをしているのだろう。いわゆる15歳未満の子供には刺激が強い、サバイバルゲームといったところだ。それを画面見ずにクリアしてしまうんだよな、こいつは。
この男子はジュウ。こいつの好きなゲームには、ほとんどが銃を使いこなして進行するものがあるので、ジュウというあだ名で読んでいる。
「ほっとけ、ほっとけ。ズムはこれが日常だから、無視するのが一番だ」
黒く短い髪に、キリッとした瞳を隠すかのように銀縁眼鏡をかけている前の席のパズが、背もたれに寄りかかりながら背伸びをして、言ってきた。
パズというのもあだ名である。こいつは一見イケメンだと思うが、本性はかなりのゲーマーであり、特に最強なのはパズル系統のゲームである。たぶんあだ名の由来は感づいてもらえただろう。
「おぉおぉ、パズは今日もそいつを簡単に倒すのか」
パズの机の中心にはPSPが置いてあり、画面は華やかに色が咲いていた。
落ちてくるピースを同じ色で4つ合わせて消すという落ちもの系のゲーム最中だった。今でも画面は次々と色が変化しており、連鎖が止まらないらしい。
「まぁ、暇潰しがてらな」
パズの相手はゲーム制作会社がプレイヤーに勝たせないために作った史上で最も強いキャラクターなのだが、今はそんな面影はどこにも見当たらない。
既に決着がついたと踏んだのか、パズは余裕綽々と俺を間にジュウと話し始めた。俺は一回も倒したときがないキャラなのに。
「ズム君は今日ゲームしないの?」
かなり強いボス戦のBGMを流すPSPのことを一見もせずに、話しかけてくる。
「ゲームしながら寝落ちして、気づいたら遅刻ギリギリだったし、充電も切れてたから持ってきてない」
「いつもズム君は替えのバッテリーを常備してるんじゃなかったっけ?」
「他も全滅してた」
お手上げとばかりに両の手のひらを天井に向ける。3つ全部、充電が無いとは夢にも思わなかった。
「やっぱズムってどこか抜けてるな」
笑いながらパズが俺に向かって人差し指を向ける。
その指を掴みながら、指差す方向を無理矢理折り曲げてやる。
その指は教室全体を見下ろすかのように設置された、放送室のマイクと繋がっている所に向けた。
不意にそこから、不思議な音が聞こえる。
チャイムの音だが、テンポが早く、2オクターブ低い。
「まだ昼休み終わる時間じゃねぇよな?しかも、変なチャイムだし」
流石のパズでもおかしいことが分かる。あ、バカにしてないよ?
クラスの大半が喋るのを止め、音の発信源を凝視していた。廊下からの喧騒も少しずつ、静寂に飲み込まれていく。
少しのノイズと共に中年程の男性の陽気な声が学校中を包み込む。
『理由を話すのはめんどくさいから、要件だけを簡潔に話しますね。あなた方生徒は先生を倒しに、冒険へと旅立ちます!』
中年の男性の声が、たまに上ずりながら子供のように話し出した。
寒気が襲ってきた。気色悪いな。