9. 魔物
今回は、少しボーイズラブ要素が含まれます。
男性同士のスキンシップ(?)が苦手な方はお戻りください。
また、R15(?)表現も含まれるかもしれません。
15歳未満の方、ご注意ください。
「(男の人・・・?)」
楽しそうに自分を見下ろしてくる男に、テミスリートは訝しげな視線を向けた。
「・・・どちらさまでしょう?」
後宮に『男』はいない。ということは、この宙に浮く怪しい男が、侵入者だろう。
警戒の色を滲ませて尋ねるテミスリートを眺め、男はくすりと笑った。
「へえ、侵入者にそれを聞くんだ?」
「(・・・他に誰に聞けと)」
「そりゃそうだ」
「!?」
「あんた、考え駄々漏れだな」
可笑しくて仕方がないというように笑い出す男に、テミスリートは表情を険しくした。
人の思考を読み取れる存在には、一つしか心当たりがない。
「(魔物・・・)」
「ご名答」
「・・・人の考え、読まないでいただけますか?」
眼前の男―――もとい魔物を、テミスリートは半眼で睨んだ。
魔物は、この世界に溜まった瘴気が実体化したものである。負の感情や死などの穢れが瘴気を発生させ、それが一定の量を超えると生み出される。大抵は小動物程度の大きさのもので、力もそれほど強くないが、瘴気を飲み込むことで力をつけ、大きくなるもしくは強くなるものもいる。強い魔物であれば、さらに自然を瘴気に変え、喰らうことで力をつける。そこまで強くなれば、徒人ではどうにも出来ない場合がほとんどだ。
「(この人(?)は・・・強いな)」
人の姿を取っていることはともかく、知性があるという時点でかなりの力があるということ。自分の力では相打ち覚悟かもしれない。
緊張に息を呑んだテミスリートに、魔物は目を丸くした。
「あれ? あんた俺と戦う気なの?」
「あなたが、ここで他者に危害を加えるというのであれば」
エルディックが自分の事に集中できるように、後宮内の厄介事を片付けるのは自分の仕事だ。いつ事を構えても良いよう、身構えるテミスリートに、魔物は目を瞬かせた。
「俺、別にそういうつもりないぞ?」
「では、何故ここに?」
「強い結界張ってあったから、張った奴を見てみたかっただけさ」
相手の思いがけない一言に、テミスリートは一瞬何を言われたか分からなかった。思わず気が抜ける。
「(・・・自業自得、なのかな?)」
出来るだけ強いものをと考え、体調を崩さない精一杯の結界を張ったのは自分だ。その結界が目の前の魔物を呼び寄せたのだとすれば、逆効果である。今後はもう少し弱めたほうが良いのかもしれない。
そんなことを真面目に考えているテミスリートの前に、魔物はスッと降り立った。紅い切れ長の双眸が興味深そうな光を灯す。
「(おもしれーな、こいつ)」
魔物に対して、ここまで自然に対応する人間に会うのは初めてだ。大抵は、魔物というだけで問答無用で襲い掛かってくる。それに、いくら相手に知性があると言っても、人は自分と異なるものを排除しようとする傾向が強い。魔物と会話しようとする点だけでも、目の前の人間は変わっているように思う。
「(まあ、純粋な人間ってわけじゃないみたいだけどな)」
結界の補強をしているのを見ていたから、魔女だということは分かっている。力を使うのに言葉を必要とするのは魔女だけだからだ。しかし、どちらにしても変わり者には違いない。魔女は一般に瘴気を嫌うので尚更だ。
「(喰らっても良かったが・・・流石に勿体ないか)」
自分を毛嫌いし攻撃してくる魔女であれば、糧としてさっさと喰らっていたが、それは惜しい。ゆっくり時間をかけて頂いた方が楽しめそうだと魔物は心の中で呟いた。
「・・・・・・何か?」
不審げな眼で自分を見上げてくるテミスリートに、魔物は本心を押し隠し、ニコリと笑んだ。
「別に。あんた、キレイだなと思ってさ」
「・・・それは、ありがとうございます」
あまり嬉しそうではないものの、軽く頭を下げるテミスリートを見、魔物は必死で笑いを噛み殺した。
「(うわ、こいつ欲しい・・・)」
気まぐれに訪れた場所で、ここまで興味を引くものがあるとは思わなかった。持ち帰って飽きるまで存分に楽しみたい欲求に駆られる。しかし、相手は最低でも自分と同程度の力を持つ魔女である。下手なことをして滅されれば元も子もない。
「(味見くらいは平気かもな)」
そんなことを考え、魔物は少しかがんだ。
「?」
不審げな視線で見上げてくるテミスリートに爽やかな笑みを向け、そっとその頤に手をかける。そのまま魔物は自らの唇を相手のものに寄せた。
読んでくださり、ありがとうございます。