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弟君の受難  作者: roon
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8. 異変

 テミスリートが自室に引きこもって、7日が経った。幸い、外界と触れ合う機会を絶ったことで、トラブルに巻き込まれることもなく、穏やかな日々が続いている。


「(平和だなあ・・・)」


 ゆったりとした背もたれのある椅子に腰掛け、読書をしながら、テミスリートは平穏を満喫していた。エルディックの旅行初日は大変だったものの、過ぎてしまえばそこまで困るものでもない。


「(・・・考えてみれば、魔女だって知られてもそんなに問題ないし)」


 後宮で自分の存在を知っているのは、エルディックとナディア、そしてイオナだけだ。たとえイオナが魔女であることを公にしようとしても、存在自体が知られていないので困ることはない。部屋も知られていないので、知られたことによる実害も無い。この姿で外出しにくくなるだけだ。


「(姿変えれば、ばれないもんね)」


 変装することは難しいことではない。母であるシェーラとて、目立たないよう後宮では常に姿を変えていた。自分はやったことはないが、そんなに難しくはないだろう。


「(あと一週間位したら、外に出てみようかな)」


 またイオナに会うのは御免蒙りたいが、それ位経てば、相手のほとぼりも多少冷めるだろう。あそこまでの身の危険を感じなければ、会っても何とかなる。

 少し楽観的にものを考えながら、テミスリートは背もたれに背中を預けた。


「(・・・お昼寝でも、しようかな)」


 窓から差し込む光が暖かく、ついウトウトしてしまう。特に用事があるわけでもないからと、本を脇の机に置き、椅子の上で惰眠を貪ろうと目を閉じる。



 どれくらい時間が経ったのだろうか。頭をはたかれた様な衝撃を感じ、テミスリートは意識を覚醒させた。


「(何かが・・・結界に触れた?)」


 中庭に中心を据えた結界は、外から正規の手段ではなく侵入しようとする者を妨げるタイプのもの。どうやら、何かが侵入しようとしているらしい。


「(そこまで危ないものではないみたいだけど・・・)」


 以前にも、何かが結界に触れたことはある。大抵は側室の家族に雇われた暗殺者の類であり、結界に弾かれて侵入できずに去って行った。また、人を襲う魔物の場合もあったが、結界で防げないほどの強さのものはいなかった。今回感じた衝撃では、それほど強いものではないだろう。

 そこまで考え、軽く欠伸を漏らしたテミスリートは次の瞬間、右のこめかみを抑えた。


「―――――― !」


 頭を殴られたような衝撃と共に耳鳴りがはしる。


「(破られた!?)」


 結界の警告音が頭に響く。テミスリートは即座に立ち上がると、部屋の入口へと向かった。そのまま部屋を出ようとして、はっと立ち止まる。


「(このまま出て行ったら・・・まずいよね)」


 イオナに遭遇すると後が大変だ。それに、結界のことを知っているのは自分だけ。一人で慌てている所を見られたくない。


「・・・仕方ないな」


 テミスリートは目を閉じ、軽く集中した。頭の中でなりたい姿を思い浮かべ、そっと呟く。


「――― "変われ"」


 言葉に応えるかのように、テミスリートの髪の色が濃紺に変化する。服装も、白い法衣から臙脂色のチュニックと黒いアンダーウェアに転じていく。開いた目には、瑠璃の彩りがあった。


「よし」


 ざっと自分の格好を確認すると、テミスリートは外へと飛び出した。急ぎ足で中庭に向かう。途中、すれ違った使用人に不思議そうな視線を向けられたが、全て気付かなかった振りをした。

 この多くの女性が住まう後宮では、多少風変わりな姿をしていてもそこまで怪しまれることは無い。テミスリートの普段の髪色や瞳の色はとても珍しいため、人目を引くが、変装していればそこまで気に留められることもない。今の格好なら後宮勤めの魔術師とでも勝手に判断してくれるはずだ。

 中庭の入口へと辿り着いたテミスリートは、中庭の中心に立てられた柱が無事であることに、ホッと息をついた。


「(壊れなくて、良かった・・・)」


 柱は後宮の建造物だ。それを媒体にして結界を張ったのは自分の独断である。そのせいで壊れてしまえば、周囲にいらない恐れを抱かせてしまう。嵐も無しに、柱が折れるなど、怪奇以外の何者でもないのだから。

 テミスリートは柱に近づき、触れた。目を閉じ、結界の状態を確認する。


「(うわ、ボロボロ)」


 魔方陣に亀裂が入っている。一応まだ機能しているが、これでは侵入者を防ぐことは出来そうにない。新しく張り直す必要がある。

 しかし、その前にやることがある。


「(損傷が大きいのは・・・使用人の部屋側か)」


 魔方陣の状態から侵入経路を推測すると、テミスリートは結界を強めた。


「――― "閉ざせ"」


 本格的に張り直すには、時間がかかる。侵入したものを排除しなければならないから、それは後に回すしかない。

 少し強度を取り戻した結界を確認し、テミスリートは柱から手を離した。これで、しばらくは大丈夫だろう。

 と、頭上から声がかかった。


「ああ、あんたが結界張ってたのか」

「!?」


 テミスリートは上を見上げて絶句した。

 そこには、後宮にいるはずのないものが、いた。

読んでくださり、ありがとうございます。

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