6. 晩餐
この回には、R15(?)表現が混じります。
15歳未満の方、ご注意ください。
食事をしていた手を止め、イオナは面白そうに目を細めた。
「(取って食わないと言っているのに)」
視線の先にいるのは、昼間に暇を持て余して外出をした際に出会った"少女"。目の前に置かれたたくさんの料理にも、手をつける様子はない。黙って俯き、時折怯えた目をこちらに向けてくる。それがまた、小動物のように可愛らしい。度々襲ってくる、思いっきり抱きしめて撫で回したくなる衝動を抑え、イオナは食事を再開した。
昔から、可愛いものは好きだった。今でも、可愛いものや美しいものに惹かれる。その対象は幅広く、動植物から道具の類に至るまで様々だ。人だってその範囲に入る。
イオナが後宮に来て一番嬉しかったのは、他の綺麗な女性と出会えることであった。
見ているだけでも目の保養。言葉を交わせれば尚のこと嬉しい。
しかし、騎士を目指していた彼女は他の側室と話が合わず、茶会に参加しても相手に気を遣わせてしまうことが多々あった。そのせいで、なかなか交流を深めることが出来なかったのである。
「(久々に、楽しめそうだな)」
目の前の"少女"が自分と異なる者に対する偏見を持っていないことは会った時に見て取れた。今も怖がられてはいるようだが、蔑まれたり嫌われたりはしていない。それだけでも嬉しいのに、図らずも弱みを握ってしまったらしい。あまり卑怯な真似をするつもりはないが、多少は利用させてもらっても大丈夫だろう。
縁を切るつもりは毛頭ないのだから。
相手がそんなことを考えているとは知らず、テミスリートはひたすら思考の海に浸っていた。
「(・・・どうしよう)」
イオナが何を考えているかさっぱり分からない。本気で自分のことを取って食らう気なのだろうか。そんなことを考えて、思わず身震いした。
自分が男であることを伝えれば、捕食者の視線を向けられることはないだろうが、言ってしまえば更に弱みを握られることになってしまう。それどころか、問答無用で成敗されてしまいそうだ。どっちにしろ、見られてしまえば同じことではあるのだが。
「(何とかして、逃げないと・・・)」
立場がかなり悪い。家柄はイオナの方が上だし、魔女の力が使えることもばれている。更に、テミスリートは気も弱いし、押しにも弱い。このままずるずる長引けば、自分が不利なのは分かりきっている。
「食べないのか?」
どうやって相手の要求を交わし、部屋に戻るかひたすら考えていたテミスリートは、イオナの言葉にびくっと身を竦ませた。
「え、あ、あの」
「味は保証するぞ。それとも、食べられないものでもあったか?」
「い、いえ、そうではないのですが・・・」
「・・・毒でも警戒しているのか? なら―――」
「!?」
イオナはテミスリートの前に置かれた皿から、ひょいと一品取り、自らの口に入れた。テミスリートの目が点になる。
「――― 何ともないだろう? 心配しなくていい」
にこやかに笑うイオナになんと返していいか分からず、テミスリートは困惑した表情を浮かべた。それをしばし眺め、イオナは自分の皿から一品フォークで突き刺すと、テミスリートの目の前に差し出した。
「これなら、気にならないだろう?」
イオナにしてみれば、自分の皿から取ったものなら安全だという意思表示のつもりだった。
が、テミスリートからしてみれば、その行動は突拍子もないものであった。
「(えええ・・・!)」
こんな風に給仕されるのも驚きだが、人が口をつけた食器で給仕されるのも初めてだ。思わず固まってしまった彼の口に、イオナはそれを押し込んだ。
「!」
「美味いだろう?」
味など判ろう筈もない。咽ながらもなんとか口の中のものを咀嚼し、飲み込むテミスリートの様子に、イオナは楽しそうに笑んだ。
「(本当に愛らしい)」
飲み込み難かったのか、ほんのり涙目になっている。頬が上気しているのも、何ともそそられる。
「もう一つ、いるか?」
「いえ! ・・・大丈夫です」
イオナが次を差し出そうとしたところを即座に制し、テミスリートは自分の皿に手を付けた。
「(これ以上は無理!)」
イオナは気付いていないが、間接キスである。恥ずかしさと居た堪れなさに顔を上げられない。
「(食べてさっさと帰ろう!)」
そのまま黙々と食事をするテミスリートにそっと苦笑を漏らし、イオナも自分の食事を再開した。
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