4. 騎士
テミスリートは黙って目の前の女性を見上げた。
フードの隙間から見ているため、良く分からないが、相手は鎧を身に着けているらしく、鋼の輝きが視界に移った。
「(警備の騎士の方かな?)」
後宮に勤めるものは皆女性であることから、警備も正式な訓練を受けた女騎士が行っている。
しかし、この場にいる者には声をかけないことになっている筈なのに、何故剣など突きつけられているのだろう。
少し怖々と様子を伺うテミスリートに、女性は先程の問いを繰り返した。
「何者だ?」
「・・・怪しい者ではありません」
「その身なりで、良くそんなことが言えるな」
そこまで言われて、テミスリートははたと自分の格好に思い至った。
全身を覆うローブに、更にフードつき。事情を知らないものから見れば、不審者と間違えられてもおかしくない。
テミスリートは慌てて左手の袖を捲り上げ、そこに嵌ったものを女性に示す。それを見て、女性は剣を下ろした。
「ああ、側室殿か。失礼した」
左の手首に嵌っているのは凝った細工の施された銀の腕輪だ。これは側室としての身分を表すもので、それぞれの名が刻まれている。一度着けると自分で外すことはできない。だからこそ、身分証として十分な効果を発揮する。
女性は剣を仕舞うと、テミスリートの左手を掴んだ。予想外の行動にテミスリートは目を丸くした。
「!?」
「ふむ・・・テミスリート・オルビス殿、か。初めて見る名だな。最近いらしたのか?」
気軽に話しかけてくる女性に、テミスリートはどう答えていいか分からず、俯いた。
普通、使用人や騎士は側室にこんなに気軽に話しかけてくることはない。腕輪を見ただけで、大抵の者は去っていくのであるが、この女性にはそのつもりはないようだ。
手を掴まれているので、立ち去ることもできない。
そのまま無言を決め込んでいると、不意に視界が開けた。
「おや、まだ若いお嬢さんではないか」
頭上から聞こえる声に顔を上げると、笑みを浮かべる女性の顔が見えた。
「(・・・綺麗な人・・・)」
艶やかな赤毛の髪を風になびかせ、意志の強そうなブルーグレーの瞳がこちらを覗き込んでくる。思わず見とれていると、からかい混じりの声がかけられる。
「それだけ綺麗なら、隠す必要もなかろうに」
言われて、初めてテミスリートは自分のフードが下ろされていることに気付いた。
「(見られた・・・!)」
一人くらいなら見られても構わないが、出来れば避けたかった。慌ててフードを被りなおすと、更に笑われてしまった。
「そんなに見られたくないのか?」
気まずそうに頷くと、女性は笑いながらテミスリートの手を引き、立たせた。
「なら、移動するか。私の部屋はこの近くだからな」
「え? あ、あの・・・」
「少しくらい、付き合ってくれてもいいだろう? 色々と聞きたいこともあるしな」
どうやら放っておいてはくれないらしく、女性は半ば強引に、側室達の部屋へと通じる通路へテミスリートを引きずっていく。
何となく、嫌な予感がする。
「あ、あなたは―――」
「ん? 私か?」
女性は事もなげに言い放った。
「私はイオナ・サリヴァント。そなたと同じ、側室の一人だ」
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