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弟君の受難  作者: roon
3/30

3. 力

 昼の中庭は人が少ない。それは、昼が通路として中庭を使う使用人達の休憩時間であり、側室達のお茶の時間でもあるためである。そのため、側室達が中庭で茶会を開く時以外は、中庭に人は皆無である。

 テミスリートは中庭へと姿を現した。いつものように、灰色のローブ姿である。その下には仕立ての良い簡素な法衣を身に纏っているのだが、それはローブに完全に隠され、見えていない。フードまで被っていると、はっきり言って怪しいことこの上ない。

 しかし、あまり人に見られることを好まないテミスリートには、それが標準装備である。

 元々目立つ容姿をしているので、彼は人に覚えられやすかった。だからこそ、隠すのだ。

 そんな暑苦しい格好で中庭に出ると、テミスリートは中庭の中央に向かった。


「(丁度いいし、結界の具合を確認しておこう)」


 中庭の中央は、後宮の4箇所の廊下からの通路が交わる場所であり、この後宮の中心でもある。そこには、一つの柱のようなものが立てられていた。

 テミスリートはその柱に近づくと、そっと片手を当てた。目を閉じ、神経を集中させる。

 瞬間、脳裏に、後宮を囲むように描かれた魔方陣が浮かび上がった。その魔方陣に綻びがないかを確認すると、テミスリートは柱から離れた。


「―――――― よし」


 結界は正常に機能している。テミスリートは満足そうに頷いた。

 彼は母である魔女の力をその血と共に受け継いでいた。

 本来、魔女の力は男に受け継がれることはない。魔女が魔女と言われる由縁である。しかし、何故か彼の身には生まれたときからその力が存在していた。

 本来なら持ち得ぬ力はその身体を蝕んだ。それ故、テミスリートは物心つく頃には既に身体を壊し、ほとんど部屋の外には出れなかった。

 しかし、身体の成長と母の献身から、現在はある程度まで制御できるようになっている。

 その力を用いて、テミスリートは後宮に守りを施していた。

 このことをエルディックは知らない。知っていたら、腕ずくで止めているだろう。

 強い力を使えば、テミスリートの身体に負担がかかる。それが積み重なれば、再び死が身近に迫ってくることになるのだから。

 とは言っても、結界の維持くらいなら今のテミスリートには造作もないことであるが。


「(あんまり長いこと居て、誰かに見つかったら困るし、ここを離れよう)」


 流石に中庭の中央は他の後宮の廊下から良く見える。中庭に人が立ち寄らないとはいえ、廊下から見えると厄介だ。

 テミスリートは側室達の部屋が集まっている側の通路へと足を進めた。

 春も終盤に差し掛かり、春の花は大分花を散らした。今の中庭には、芽吹いた緑が夏の訪れを待つかのように、ささやかな木陰を作っている。

 まだ優しさを残す日差しに照らされた木々を穏やかに眺め、テミスリートは口元を笑ませた。


――― こんにちは


 そっと心の中で語りかけると、植物達がそれに応えるように葉をさわさわと揺らした。

 魔女の血を引く彼にとって、自然は仲間である。

 守り、守られる対等な仲間。時には人よりも近い存在。

 後宮に来てからは、こうして中庭を訪れない限り会えないが、その繋がりは部屋に居ても感じ取ることができる。それでも、直に会う方が心が落ち着く。

 テミスリートは木々に誘われるままに、中庭の途中にある憩いの場へと歩を進めた。通路と通路の間にあるそれは、ちょっとした木のベンチが置かれた場所である。その空間を隠すように木々が茂っており、ただ通路を通るだけでは、そこに人が居るとは気付きにくい。そのため、人にあまり会いたくない時、この憩いの場で休息を取るために使用人達が利用しているのである。ここに居るものには声をかけないという暗黙の了解も使用人達の中にはあるため、テミスリートも良く利用していた。

 ベンチに腰掛けると、頭上から木の葉が一枚ひらりと舞い落ち、テミスリートの手の中に収まった。

 よく見ると、その葉は菓子に風味付けをするのに使われるものだ。まだ落ちるはずのない、若々しい葉を懐にしまうと、テミスリートは頭上を見上げた。そしてフードの下で微笑む。


――― ありがとう


 心の声に反応し、木々は軽く葉を揺らす。その音に、テミスリートはそっと頷いた。

 木々の間から吹いてくる風が、ローブの裾を揺らす。


「(気持ちいい・・・)」


 日差しがきついわけではないが、全身を覆うローブは暑い。木陰に吹く風はテミスリートの身体の熱を少しだけ取り除いてくれた。

 心地よさにぼーっとしていると、足元の草がさわさわと葉を揺らした。まるで、何かを催促するかのように。


「――― いいよ」


 テミスリートは足元に視線を向け、頷くと、そっと目を閉じる。

 そして、謡いだした。


「――― 地に満ちるは神の慈悲 天に満ちるはその畏れ ―――」


 それは、知る人のいない唄。

 魔女が代々受け継いできた古き唄は、自然に自らの力を分け与えるための手段であり、信頼の証であった。

 テミスリートは魔女ではないが、力を受け継いだ者の定めとして、母から魔女の知識を受け継いでいる。自然にはそれが分かるのか、時折こうして唄を乞われることがある。その際は、できる限りその要望に応えるようにしていた。


「――― 零れ落ちた雫の成す 快い生命の流れに ―――」


 唄を利用し、自らの身体に宿る力を少しずつ周囲に拡散させる。あまり多くを一度に放出すると、力で自然を害してしまう。

 誤って害を成さないよう、力を拡散させることに集中していたテミスリートの首筋に、突如ひやりとしたものが触れた。


「――― 貴様、何者だ?」


 背後から聞こえてきた声に驚き、テミスリートは唄を止めた。恐る恐る振り返ると、そこには自分の首に剣を突きつける女性の姿があった。

 

読んでくださり、ありがとうございます。

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