28. 試着
今回は女性化(微量)が入ります。嫌悪感を抱かれる方はお戻りくださいませ。
翌日、テミスリートは身体を女性に変化させると、イーノに留守番を頼み、イオナの部屋へ向かった。
標準装備で廊下を歩きながら、先程複雑そうな表情で見送ってくれたイーノを思い出し、思わず眉間に皺がよった。
昨日からどこかぎこちない態度で接してくるイーノが、テミスリートは不思議で仕方がなかった。食事のおかわりはしないし、読書も一人でしていた。何かもの言いたげな視線を向けてくるのに、尋ねてみても何でもないと逃げられる。
「(まだ怒ってるのかなぁ・・・)」
納得したと思っていたのだが、実は折れてくれただけなのかもしれない。調子が治ったらなるべく構ってあげようと心に決める。
イオナの部屋に着き、扉をノックすると、音を立てて扉が開かれた。驚く間もなく、イオナが顔を覗かせる。
「待っていたぞ、テミス殿!」
「イオナ様、招待してくださり、ありが」
「堅苦しいことは無しだ。さ、こちらだ」
「わっ」
口上を言い切る間もなく、テミスリートは部屋に引っ張り込まれた。中では、先日顔を合わせた仕立て屋の女性達が着付けの準備をしていた。
「こんにちわ、テミスリート様」
「・・・お久しぶりです」
「お待たせして大変申し訳ありませんでした」
こちらの姿を見つけると、女性達は楽しそうに笑って声をかけてくる。困惑しつつも挨拶を返すテミスリートを、イオナは彼女達の方へと押し出した。
「さ、試着して来てくれ。寝室を使って構わないから」
「あ、あの、イオナ様は」
「私はもう済ませた。茶会の時のお楽しみ、だ」
悪戯っぽく笑みを浮かべるイオナに、テミスリートの顔が困惑に歪んだ。
「(こ、心の準備が・・・)」
採寸の時よりは気が楽であるが、礼服はテミスリートにとって初の女物の衣装である。すなわち、初女装となる。あくまでも自分を男だと思っている彼には少し受け入れがたい。イオナが先に試着していれば、準備する時間が稼げたのだが、それは無理だったようだ。
とはいえ、着ることは決定事項なので、我慢するしかない。
おずおずと女性達の元へ足を進めるテミスリートを、彼女達は寝室へ案内した。
「では、着付けをさせていただきますね」
「あ、あの」
「お気になさらず。立っていて下されば、こちらでさせていただきますわ」
「じ、自分で出来ますから・・・!」
「大丈夫です。私どもにお任せくださいませ」
これ以上ないほど楽しげに、流れるような動きで女性達はテミスリートから服を脱がせ、礼服を着付けていく。それほど時間はかからず着付けは終了し、テミスリートは一息ついた。
しかし、それだけでは終わらない。
「髪はどのように致しましょうか?」
「え、ええと」
「試しに上げてみましょうか」
「折角の綺麗な御髪ですし、後ろで流した方が良いかもしれませんわね」
「緩く編みこむのはどうでしょう?」
「それも似合いそうですわ!」
返事をする間もなく、鏡の前に座らされる。髪を梳かれ、あーでもないこーでもないと弄られ、自分の髪型が様々に変化するのをテミスリートは驚き半分羞恥半分で眺めた。
何度か同じ髪型を繰り返し、女性達の意見が纏まったところでまた声をかけられる。
「では、お顔の方失礼致しますね」
椅子を回され、女性達の中で最も年配だと思われる者と目が合う。不思議そうに見上げてくるテミスリートに、彼女は安心させるような笑みを浮かべた。
「ドレスがあまり華やかな装飾のないものですから、あまり色を足さないようにしましょう」
「え? あの」
「顔を動かさないでください!」
「はい・・・」
訳が分からないまま、軽く白い粉をはたかれ、細い筆のようなもので絵を描くように顔を撫で付けられる。顔を這う筆の感触がくすぐったい。ともすれば動かしてしまいそうになる顔をそのままの状態に保ちつつ、テミスリートは心の中で早く終わってくれるよう祈った。
祈りが通じたのか否かは分からないが、最後に軽く口元を撫でつけ、ようやく筆は離れていった。
「さ、出来ましたわ」
「!?」
椅子を回され、再び鏡と対面する。鏡に映った自分の姿に、テミスリートは目を疑った。
「(何、これ・・・)」
目の前に映っていたのは、少し大人びた雰囲気の"少女"だった。
身体を女性に変化させているとはいえ、女性特有の特徴以外はどこも変えてはいなかったはずだ。それなのに、明らかに自分ではない。頬に手を当てると、鏡の"少女"も頬に手を添える。
「(私、だよね?)」
よくよく見れば、鏡に映っているのは明らかに自分である。髪の色も瞳の色も変わっていない。しかし、一見して毎日鏡で見ている姿とは気づけないほど変わっていた。
頬は軽く赤みを増し、唇にも淡い桃色に色づけられ、今朝よりも体調が良さそうに見える。目元もいつもならもう少し垂れ気味であるはずなのに、目の縁に巧みに描かれた線が瞳の大きさを強調させており、はっきりとした印象を受ける。
どこからどう見ても健康そうな"少女"の姿に、手を加えただけでここまで顔は変わるものなのかと、人事のように感嘆した。
「とてもお綺麗ですわ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
「イオナ様もお喜びになられるでしょう」
女性の一人が口にした言葉に、テミスリートは硬直した。
「(こんな姿、見られちゃうのか・・・!)」
寝室の外で待っているだろうイオナの姿を思い浮かべ、テミスリートの顔が赤く染まる。
採寸の時と違って身体を直接見られる心配がないことは幸いだが、今の姿は見られたくない。
似合っていないからではない。どっから見ても"少女"である。だからこそ、嫌なのだ。
「特に手直しする場所は見当たりませんが・・・おかしいところはありますか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
事前にしっかり採寸を行ったためか、多少は緩みを持たせてあるものの、見苦しさもなく、動きやすい。見た目については・・・何も言いようがないので、テミスリートは敢えて見なかったことにした。
「では、戻りましょう」
「きっとイオナ様がお待ちですわ」
「(ちょ、ちょっと・・・)」
女性達に笑顔で手を引かれ、テミスリートは寝室から引っ張り出された。
「お待たせ致しました」
応接間でお茶を飲んでいたイオナは、仕立て屋の女性の声に振り向き、固まった。
二人の女性にエスコートされるように姿を現したテミスリートの姿に釘付けになる。
「(テミス殿!?)」
薄く青紫に染められた絹地で作られたドレスは、胸のすぐ下から広がっているエンパイアラインで、柔らかく透明感のある布地が緩やかな波を形作り身体の線を隠している。しかし、肩を出すベアトップ型のため、肌の白さが際立って見える。ドレス自体の装飾はないものの、それが却って華奢な様子を表している。例えるなら、人に見られると恥ずかしがってすぐに姿を隠してしまう妖精のようだった。
髪型は後ろに流しているが、細かな銀鎖で螺旋を描くように緩やかに結ばれており、いつもより大人びて見える。その上、軽く化粧をしているのか、小動物のような大きな瞳が印象的だった。
言葉の出ないイオナに、テミスリートは恥ずかしげに頬を染めた。
「や、やっぱり変ですか?」
見苦しくないだろうかと自分の格好をチェックするテミスリートに女性達が笑う。
「大丈夫です。よくお似合いですわ」
「そう・・・ですか?」
「ええ。自信をお持ちくださいませ」
「(・・・持てないなあ・・・)」
女装が似合っている自信は持ちたくない。
困ったように笑うテミスリートの前に、立ち直ったのかイオナが寄ってくる。
「テミス殿・・・」
「は、はい」
真剣な顔を近づけられ、テミスリートは気圧された。と、その両肩をガシッと掴まれる。
「その格好は、反則だ」
「・・・・・・え?」
意味が分からず、聞き返そうとしたテミスリートは次の瞬間、イオナに抱き寄せられた。
「こんな格好で男共の前に出たら、すぐに浚われるぞ! 似合うにも程がある!」
「(う、嬉しくない・・・!)」
掛け値なしの賞賛は本来なら喜ばしいことのはずだが、むしろ情けなく感じるのはなぜだろう。
シクシクと心の中で忍び泣きを洩らすテミスリートの髪を、イオナは一房手に取った。
「いつも緩く結んでいるだけだから、こういう髪型も新鮮で良いな」
「色々と試させて頂いて、一番この衣装にお似合いだと思いましたの」
「括っても愛らしくていらっしゃいましたわ」
二人の様子を静かに見つめていた女性達が嬉しそうに口にした言葉に、イオナも相槌を打った。
「テミス殿は可愛らしいからな」
「あら、イオナ様も良くお似合いでしたわ」
「イオナ様は魅力的なお身体をなさっていらっしゃいますから、身体の線がはっきりしているドレスが似合いますわね」
「あはは、ありがとう」
和やかに談笑する女性陣の会話についていけず、テミスリートは黙って愛想笑いを浮かべる。それに気づき、イオナはテミスリートを見下ろした。気まずげな様子を見、良いことを思いついたというように瞳を楽しげに細める。
「折角似合っているのだし、その格好でお茶にするか? テミス殿」
「え!? ・・・い、いえ、汚したら困るので先に着替えてきます!」
冗談ではない。
慌てて寝室に戻っていくテミスリートを忍び笑いを漏らしつつ女性達が追う。寝室の扉が閉まるのを眺め、イオナは軽く噴き出した。
「っ・・・逃げたな」
読んでくださり、ありがとうございます。