27. 制止
満面笑顔のイオナが訪ねてきたのは、テミスリートが全快した翌日の朝だった。
「ようやく、完成したぞ!」
「・・・・・・はい?」
目を丸くするテミスリートに気付いた様子も無く、イオナは彼の両手を握った。
「明日の午後、細部の調整に来る。その時間は空けておいてもらえるか」
「は、はぁ・・・」
「では、明日。待っているぞ」
断定口調で押し切られ、思わず肯定を返してしまったテミスリートに念を押し、イオナは去って行った。
「(・・・何だったんだろう?)」
どことなく楽しそうな後姿を見送り、テミスリートは首をかしげた。
『こないだの礼服とやらだろ』
肩に乗っていたイーノに声を掛けられ、テミスリートは顔を上げる。
「え?」
『あの女、あんたがひらひらしたの着てるとこを想像してたぞ』
「(・・・うぁ・・・)」
想像したくもないし、されたくもない。テミスリートは額に手を当て、うなだれた。
「(行くしかないよね・・・)」
行きたくないが、仕方がない。大きなため息を漏らし、テミスリートは部屋の中へきびすを返す。
『行くのか?』
「そりゃあね。返事もしちゃったし」
『・・・ダメだ』
苦虫を噛み潰したような顔が容易に想像できる声音に、テミスリートはイーノへ視線を向ける。ただでさえ鋭い猛禽類特有の瞳が、更なる鋭さを増してこちらを見ていた。
「え、えっと・・・イーノ?」
『ダメなもんはダメだ』
取り付く島もない様子に、テミスリートは困惑顔でイーノを注視する。
『行ったら、また寝込むだろ』
「へ?」
テミスリートは目を丸くした。
『女になるんだろ? そしたら寝込むだろ? ダメだ』
あまりにも真剣な様子で言われた言葉に、テミスリートは思わず吹きだした。
「い、嫌だったんだっ?」
『・・・うるせぇ』
情けなさそうな瞳を向けてくる居候に、さらに笑いがこみ上げる。口元を押さえ、必死で笑いを堪えるテミスリートにイーノはむーっとした。
『とにかく、ダメだ』
「そんなこと言われても、もう返事しちゃったんだから行かないと」
『ダ・メ・だ!』
「(しつこいなぁ・・・)」
イーノにここまで強固に反対されるのは初めてだ。よほどこの一週間はつまらなかったのだろうか。
『大体、身体に負担が来ると分かってんなら、最初からやらねーだろ、フツー』
「そう言われても、私があれをしたのはこの間が初めてだし。加減が分からなかったんだよ」
『それを考慮しても、あんだけぐったりしてたらもうしないだろ』
「しないで済むならそうしたいとこだけどね。・・・色々と事情ってものがあるんだよ」
『んなもん、くそくらえだ』
憮然とした面持ちでため息を漏らすテミスリートに、イーノはふんと吐き捨てた。
「イーノ、お行儀悪いよ」
『ほっとけ。とにかくダメだ。俺は許可しない』
「何でイーノに許可もらわないといけないの」
『俺が決めたからだ』
「・・・・・・」
こともなげに言われ、テミスリートは顔を引きつらせた。
「(兄上がもう一人いるみたいだ・・・)」
現在進行形で過保護なエルディックは、テミスリートにあれやこれやと世話を焼いてくる。最近はナディアがいるため、少し下火になっているが、ランバートが亡くなってすぐの頃など、ちょっと外出して体調を崩したと知れれば、すぐさま皇太子権限で自室療養(謹慎)を言い渡されるほどの過保護っぷりだったのだ。これには、暗殺防止の意図もあったのだが、もちろんテミスリートは気づいていない。
それはさておき、イーノの様子は弟馬鹿モードに突入したエルディックさながらである。さらにやっかいなことに、エルディックにはある程度通じる奥の手が存在するのだが、イーノには無い。
「(どうしようかな)」
現在のイーノの様子だと、こちらの考えは筒抜けだろう。誤魔化すのは難しそうである。
テミスリートは無言で肩に乗ったイーノを掴んだ。そのまま両手で自分の前まで持ってくる。
『・・・何だよ?』
「ほら、機嫌直して」
訝しげに見つめてくるイーノに笑みを向け、テミスリートはその頭に軽く口付けた。ピシッと硬直するイーノを抱き寄せ、よしよしと撫でる。
「心配してくれるのは分かるよ。ありがとう。でもね、私がここで生きていくためには必要なことなんだ」
『・・・・・・女になるのが、か?』
「うん。本当は、ここは女の人しかいちゃいけない場所だから」
『なら、何であんたはいる?』
当然の疑問だった。
ぶすくれた様子を隠そうともせず、イーノは身じろいだ。しかし、自らを抱く手から抜け出そうとはしない。テミスリートはイーノの頭に手を乗せた。柔らかさと温もりが直に伝わってくる。
「・・・兄上の希望もあるけど、私は他にいられる場所がないんだ。この容姿だと、国を出ないといけないし、他国で市井に紛れて暮らすには知識が足りない。何より、身体が強くないしね。本物の魔女みたいに人から離れて暮らせれば良いのだけど・・・私は、人だから」
シェーラが亡くなってから、ずっと考えていたことだ。エルディックが王位を継ぐことは最初から決まっていた。その際、自分の存在が邪魔になることも。常時魔女の力を扱うことができないテミスリートでは、その容姿を隠すことができない。そのため、アトランドで市井に紛れて暮らすことは難しい。銀髪の民の多い国に行けば可能かもしれないが、行くまでの旅に耐えれる身体ではないし、王侯貴族の教育を受けてきた彼は確実に浮いてしまう。だからといって魔女としての隠遁生活では、イーノのような力の強い魔物に喰われて終わりを迎えることになる。
「ここにいる限り、私は生きていられるんだよ」
子どもに言い聞かせるように、テミスリートは淡々と言葉を紡ぐ。イーノはその胸に頭を埋めた。
『(何で、そんなに落ち着いてられるんだよ・・・)』
心の内を探ってみても、悲しみや切なさは感じられなくて。それが余計にイーノの心をざわめかせる。
「だから、ね。寝込んでる間相手してあげられなくなるけど、許して欲しいな」
一転して済まなそうな、それでいて茶目っ気を感じさせる声音に、イーノはテミスリートの胸を軽く頭突いた。
『・・・・・・仕方ねーな。熱下がるまで、手を貸してやるよ』
「ありがとう」
『・・・ただじゃねーからな。治ったら、いっぱい要求してやる』
「うわ、大変だな」
楽しそうに笑うテミスリートを、イーノは無言で見上げた。
『(・・・あんたが、魔女だったら良かったのに)』
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