26. 感情
今回は、かなりほんのりBL要素が入るかもしれません。
プラトニックでも不可な方はブラウザのバックでお戻りください。
テミスリートが高熱を出してから、7日が経過した。
結局、翌日には高熱は治まったものの、その後5日ほど微熱が続き、彼はベッドの上での生活を余儀なくされた。その上、大事を取って2日間しっかりと休息を取ったため、現在は体調も回復している。
寝込んでいる間、色々と問題はあったものの、イーノが色々と世話を焼いてくれていたため、テミスリートは朝からイーノのためにお菓子を焼いていた。
出来立ての菓子を器に乗せ、厨房から部屋へ戻ると、ワクワクとこちらを見ているイーノと目が合い、テミスリートは軽く苦笑した。
「(面白いなぁ・・・)」
本人(?)は気付いていないかもしれないが、最近、とみにイーノの表情の変化が多い。会った時から感情を隠したりするわけではなかったが、ここまで魔物が感情を露わにできるものだとは思っていなかったため、見ていてとても楽しい。
それを伝えれば拗ねるだろうことは想像に難くないので、テミスリートはイーノの目が菓子にいっている内に、その思考を少し奥に押し込めた。
「昨日までごめんね、イーノ」
「気にすんな」
目の前に積まれた菓子の山を崩しつつ、イーノは満足そうに笑った。それに対して笑みを返すと、テミスリートはイーノの向かいに座った。そのまま、イーノがご満悦で菓子にパクついているのを眺める。
「あんた、本当にもう平気なのか?」
「うん。少なくとも、寝込む程じゃないよ」
「ならいいが。あんまり、無理すんなよ」
「うん。ありがとう」
何だかんだで心配してくれるイーノの様子に、テミスリートの顔が自然と綻ぶ。嬉しそうにお礼の言葉を口にするテミスリートに、イーノの菓子を持つ手が止まった。テミスリートからぷいと顔を背ける。
「? イーノ?」
「・・・別に、心配してるわけじゃないぞ。あんたが寝込むと俺がつまらないからな」
横を向いたままもぐもぐと菓子を咀嚼するイーノの様子に、テミスリートは空笑いを漏らした。
「(誰もそんなこと聞いてないよ、イーノ)」
イーノなりに、お礼を言われるのが気恥ずかしいのだろうか。そんなことを思いつつ、テミスリートは側に置かれていたカップに水を注ぎ、イーノの前へ置いた。それを横目で眺め、イーノは顔を顰める。
「(何で・・・俺、こいつのことこんなに気にしてんだ?)」
目の前にいるのは変わってはいるが人間で、自分にとってただの暇つぶしに便利な玩具でしかない。そのはずなのに、こうして邪気のない笑みを向けられると、自分を上手く保てなくなる。それに先日も、高熱に辛そうな表情を見せるテミスリートが気になって半ば無意識に手を貸してしまった。
今までなら、苦しむ人間を見てもせいぜい黙って見ているだけだったのに。
「(俺は魔物なのに・・・)」
魔物が人間に惹かれるなど、ある訳がない。
イーノは半ば強引に口に菓子を押し込んだ。それを見て、テミスリートの目が丸くなる。
「そ、そんなに一気に食べると喉に詰まっちゃうよ?」
「・・・・・・うるせぇ!」
口の中のものを飲み込むと、イーノはムッとした表情をテミスリートに向けた。そして再びフンッとそっぽを向いてしまう。
「イ、イーノ?」
「ほっとけ」
吐き捨てるように言うと、イーノは再び器から菓子を探り、口に放り込んだ。
「(どうしたのかな・・・?)」
突然不機嫌になったイーノをテミスリートは心配そうに眺めた。イオナもそうだが、イーノも感情の変化が激しく、人付き合いの少ないテミスリートはその速さについていけていない。
「(何か悪いことしたっけ?)」
困惑した表情を浮かべるテミスリートに、イーノはちらりと目を向けた。
「別に、あんたが悪いわけじゃない」
「え? えっと・・・」
「そんな顔すんな。そんなこと考えんな」
「う・・・・・・ん」
どう返してよいか判らず、とりあえず頷いたテミスリートを見、イーノは内心頭を抱えた。
「(俺、どうしてこんなに気になるんだ!?)」
困ったような顔をしている相手にするりと言葉が出てくるなど今までなかったことだ。自分の変化にイーノが一番驚いていた。
「・・・・・・・・・イーノ」
「何だ!?」
しばらくして、遠慮がちに掛けられた声に、自分の思考に没頭していたイーノは思わず喧嘩腰に返す。苛立ちを含んだ視線を向けると、先程と異なる、静かな瞳が自分を射抜いた。
「良くわからないけど・・・あんまり考えすぎないほうがいいよ」
「・・・・・・あぁ?」
「考えても答えが出ないことは、無理に考えない方がいいんだ。そのうち、答えは浮かんでくるから」
そう言って、自分の胸を押さえるテミスリートをイーノは凝視した。
「浮かんで・・・くる?」
「うん。自分の中ではちゃんと答えは出てるから。それに気付いていないだけ。だから、慌てなくていいんだよ、イーノ」
柔らかい笑顔とともに告げられ、イーノの心が跳ねた。
「(・・・・・・そうか・・・)」
自分に向けられる穏やかな表情が、"名前"を呼ぶ声が、自分を"魔物"ではなく"イーノ"として扱う態度が何故か嬉しい。失いたくないと思うほどに。
「(こいつだから、気になるのか)」
他の人間と違って、"自分"を見てくれている相手だから。
「イーノ?」
不思議そうに自分の"名前"を呼ぶテミスリートに、イーノは口元を綻ばせた。
「大丈夫だ、気にするな」
「・・・そう? ならいいけど」
再び上機嫌で菓子を口に運ぶイーノに、テミスリートは軽く笑みを浮かべ、溜息を零した。
読んでくださり、ありがとうございます。