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弟君の受難  作者: roon
25/30

25. 熱

 今回はほんのりボーイズラブ要素が含まれています。

 男性同士のスキンシップ(?)が受け入れられない方はブラウザのバックでお戻りください。

 また、R15(?)の内容が含まれています。表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。

 自室の寝台に横たわったまま、テミスリートは深く息を吐いた。その枕元で、隼姿のイーノが少し心配そうに声をかけてくる。


『大丈夫か?』

「・・・まあ、ね」


 熟れたスモモのような顔色で返事をされても説得力はない。じぃっと不審そうに見つめてくるイーノに愛想笑いを返し、テミスリートは目を閉じた。


「(やっぱり、昨日の変化はきつかったかなぁ・・・)」


 昨日の採寸の折、初めて女性に変化したのだが、思っていたより負担が大きかったらしい。

 イーノと会った時のように、外見だけを変えるならばそこまで負担はかからないが、性別を変えるのは力の消費が激しい。テミスリートの場合、持っている力が大きすぎることが身体への負担となっているため、力を使いすぎると、持っている力の制御が利かなくなる。

 制御が利かない力は身体を蝕み、体調不良を引き起こす。特に、魔女の力は世代を重ねる程大きくなっていくため、自然から生まれた魔女より大きな力を受け継いだテミスリートは、その反動が大きい。

 いつもより少し多く力を行使しただけで、高熱により寝込んでいるのだから。

 荒い息を吐いているテミスリートを見やり、イーノは軽く溜息をついた。


『(原因はそれだけじゃねーと思うぞ)』


 あの、ハイテンションな女性達のオーラを一身に浴びたのだ。精神的にもまいっているはずだ。何せ、採寸の後、ドレスのデザインについての話し合いがあり、更にその後イオナのお茶にも付き合っている。無論、女性の姿のままでだ。

 女性の姿を取ることに力を使っていて、身体に負担をかけているところに、精神的にも大きな負担が加わったのだから、まいってしまって当然だ。

 数日の付き合いとはいえ、ずっと傍で見ていたイーノは、テミスリートの状態を良く把握していた。


『寝てたら治るもんなのか?』

「そう・・・だね。寝て、栄養取って、れば、そのうち、治る、かな」


 というか、それ以外の方法がない。病気なら薬を飲めばより早く治るが、テミスリートの状態は病気ではないから特効薬は存在しない。力の制御が利くようになるまで待つしかない。


『(人ってのは、不便だな)』


 魔物のイーノは怪我や病気、体調不良とは無縁だ。だから、目の前でぐったりしているテミスリートが不思議で仕方が無い。今までにも病気の人間を見たことはあるが、なぜこんな状態になるかはさっぱりだ。

 しかし、辛そうだというのはテミスリートの思考や表情から伝わってくるため、良く分かる。


『(早く良くなってもらわないと、俺が困る・・・)』


 ちょっかいをかけられないのは面白くないし、美味しい食事も食べられない。字も、絵本程度なら何とか一人で読めるようになったが、教えてもらえないと細かい字の本は読めない。

 何より、構ってもらえないのはつまらない。

 イーノは少し不機嫌そうにテミスリートを見やった。


『(・・・そういや、前に良い治し方ってやつを聞いたな)』


 以前、ある場所にいた時に聞いた方法なら、すぐに良くなるかもしれない。


『(試してみるか)』


 そんなことを思いながら、イーノは隼姿から人へと変化した。


「・・・イーノ?」


 熱に潤んだ瞳で自分を見上げてくるテミスリートの傍らに手を付き、イーノは自分の唇を相手のものへと寄せた。


「・・・・・・何で、拒むんだよ」

「普通、拒むで、しょ・・・」


 唇に触れる前に両手で口元を覆われ、イーノは不機嫌そうに眉を顰めた。


「何、で・・・イーノと、キスしな、きゃ、いけない、の」


 しかも、イオナとの間接キスを数に入れなければ、ファーストキスである。流石に遠慮したい。

 荒い息で問いかけるテミスリートに、イーノは首を傾げた。


「熱って、人に移せば治るんだろ? キスしたら移しやすいって言ってたぞ」

「・・・・・・・・・それ、どこで、聞いたの?」

「町の名前なんて覚えてねぇよ。キラキラした女とか、ゴツイ男とかがやたら多いとこだったぞ」

「(・・・花街・・・)」


 唖然として二の句が告げないテミスリートの様子に、イーノは目をぱちくりさせた。


「『花街』ってなんだ? そーゆー奴らのいるとこのことか?」

「まあ、ね・・・・・・よく、行ってたの?」


 流石に詳しく説明する気にはなれず、テミスリートは言葉を濁した。さりげなく話題を変える。特に気付いた様子もなく、イーノは軽く頷いた。


「ああ。何か声かけられて、一時期、その辺の店で女を相手してた」

「・・・・・・そう」

「女の喜ばせ方だの、誘うテクニックだの色々教わったぞ。結構力を奪うのに便利だったな」

「・・・・・・・・・」

 

 テミスリートは無言で額に手を当てた。


「(どおりで・・・)」


 知性を持ったばかりの頃、幼子のように言葉も行動も覚束なかった筈のイーノがどうやって人の言葉を覚え、初めて会ったときのような行動を取れるのか不思議だったが、花街で色を売っていたなら理解できる。

 花街は、言われたことさえこなせれば身元も性格も関係なく生活できる場所だ。見た目の良いイーノなら、ホストのような仕事はひっきりなしに入っただろう。比較的裕福な国とはいえ、アトランドの国内の識字率はそこまで高くないし、田舎であれば言葉をあまり知らない者もいる。日常生活を送る上で必要な言葉を使えれば問題ないためだ。花街には、そのような者も集まってくるため、言葉を上手く扱えないものでも全く問題ない。

 だが・・・


「(子どもに・・・何てこと教えてるのかな・・・)」


 外見上は確かに大人だが、イーノはどう考えても中身が子どもだ。しかも、賢い。何を教わっているか知らないが、色事の知識と共にその知識が一般的なものだという認識が入っているととても怖い。


「(ちょっとずつ直してかないと・・・)」


 人の社会で生きていくのに、その認識はまずい。矯正が必要だろう。


「他に・・・何、教わったの?」

「対抗店を出し抜く方法とか、怖がらせやすい凄み方とか・・・ああ、さっきのキスしたら早く治るってのも一緒にいた奴が言ってた。何か、変なのか?」

「・・・まあ、あの町で、しか、通じない、方法、かな」

「そうなのか」

「他の、場所では・・・しないほうが、いい、よ」

「ん、分かった」


 素直に頷くイーノに、テミスリートはホッと深い息を吐き出した。上半身を起こし、傍らの小机に載せた木のカップを取り、中に残った水を口に入れる。

 少し温くなっていたが、水は熱に火照った喉をひんやりと通っていった。


「水、まだ要るか?」

「・・・うん」

「じゃあ持ってくる」


 カップを取り、寝室を出て行ったイーノを見送り、テミスリートは再び寝台に頭を埋めた。


「(気を遣わせちゃってるかなぁ・・・)」


 昨夜熱を出してから、いつもの無遠慮さが見られないイーノの様子を思い起こし、テミスリートは溜息をついた。

 ただ静かに枕元に侍っているだけで、文句の一つも言ってこない。それどころか、何くれと世話を焼いてくれていて、普段自力で対処しているテミスリートとしてはありがたいと同時に申し訳ない。

 最近は無かったが、以前はこの程度の熱はいつものことだった。

 父王ランバートは政務で忙しかったし、異母兄エルディックも皇太子としてその手伝いや勉学をこなしていてそこまで頻繁には訪れなかった。母のシェーラは手が空いているときはつききりで看病してくれたが、正妃としての役割が少ないわけではなかったし、魔女であり、人の世に詳しくないため正妃として学ばなければいけない事も多かった。それらを理解していたテミスリートは、対処法を覚えてからは誰の手も煩わせないよう自分で対処していたのである。

 実は、そのせいでランバートからは寂しがられ、エルディックからは凹まれ、シェーラからは溜息をつかれていたのだが、すぐに寝込む自分が悪いと思い込んでいるテミスリートは未だに気がついていない。


「持ってきたぞ」

「あ、ありがと・・・う・・・?」


 声と共に部屋へと入ってきたイーノを見、テミスリートは絶句した。

 イーノが大きめの甕を担いでいる。


「イーノ、それ・・・」

「多いほうが良いだろ? あれだと、あんまり水入んねーし」


 小机に無理矢理甕を乗せるイーノに、テミスリートの顔が引きつる。


「(どうやって飲め、と・・・)」


 ただでさえ体力が落ちているのに、持ち上げられるわけがない。しかも、飲みにくい。


「足りなかったらまた持ってくるから、好きなだけ飲んでいいぞ」


 本気で言っているらしいイーノの様子に、テミスリートはこめかみに手を当てた。


「・・・後で、もらうよ」


 厚意を無にすることは、テミスリートには出来ない。


「(人の感覚を教える方が先かな・・・)」


 一般の人の社会の常識を教える前に、人が出来ることと出来ないことを教える方が先のようだ。

 不思議そうにこちらを覗き込んでくるイーノに力なく笑い、テミスリートは目を閉じた。

 読んでくださり、ありがとうございます。

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