22. 礼服
5日後、テミスリートは再びイオナの訪問を受けた。
「テミス殿、いるか?」
「あ、はい」
扉越しに聞こえてきたノックとイオナの声に、テミスリートは持っていた絵本を置き、扉へと向かった。それを見て、絵本を覗き込んでいたイーノも隼へと変化する。イーノが姿を変えたのを確認すると、テミスリートは扉を開いた。
「いらっしゃいませ、イオナ様」
「先触れもなく、失礼する。テミス殿、少し時間をもらえるか?」
「大丈夫ですが・・・何か御用が?」
「ああ。礼服を仕立てたいから、寸法を測らせて欲しいのだ」
「(礼服って・・・)」
弾んだ声で言われた言葉に、テミスリートは顔を引きつらせた。
側室の礼服といわれれば、ドレスである。
「テミス殿はいつもその格好であるし、あまり着飾ることもないのだろう? 丁度父から茶会用の礼服を仕立てるように言われていたから、一緒に仕立ててもらおうかと思ってな。仕立て屋を頼んだのだ」
「(私に・・・ドレスを着ろ、と)」
テミスリートは心の中で頭を抱えた。
テミスリートの着ている法衣は男女共用のものであり、体型もはっきりとは分からない。普段着に着ている貴族も多いため、美しさを誇示するために着飾る側室の多い後宮では珍しいものの、悪目立ちする格好ではない。
だからこそ、この格好で通しているのだ。
女装の趣味はない。
「(いつか言われるとは思ってたけど・・・)」
後宮にいる以上、ドレスの1着ぐらいはいるんじゃないかとエルディックにも言われていたが、必要が無かったため断固拒否を貫いていた。
ナディアが正妃になったため、正式な場に招待された時に必要になるだろうとは思っていたが、イオナ経由でその話を振られるとは予想外だった。
「あの、私は・・・」
「費用は私が持つから心配ない」
「そうではなく・・・」
「拒否は聞かない。先日も言ったが、そなたはお洒落を覚えるべきだ」
「(勘弁してください・・・!)」
勇気を振り絞って口を開いたものの、イオナの有無を言わせぬ様子に、テミスリートは黙るしかない。
『(あの女、本気だな)』
頭の中でとても楽しそうにドレスのデザインを練っているイオナと、その真逆でかなり葛藤の見られる思考を展開しているテミスリートの様子はかなり面白い。イーノは笑いを押し殺しながら、二人の様子を眺めた。
「もうしばらくすれば、私の部屋に仕立て屋が来るはずだ。移動しよう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
強引に自らの手を引き、部屋を出て行こうとしたイオナをテミスリートは慌てて止めた。
「何だ?」
「じ、準備もできていませんし、少し時間を下さいっ」
「準備するものなど特に無いが・・・」
「私にはあるんです!」
あまりにも必死な形相を向けられて、イオナは少し怯んだ。
「そ、そうなのか」
「準備が出来次第イオナ様のお部屋に伺いますから、先に戻っていてください!」
「わ、分かった。なるべく早く来てくれ。あまりに遅いようなら、迎えに来るからな」
「はい、急いで準備します」
拒否は駄目だと暗に告げるイオナに、テミスリートはしっかりと頷いた。
「では、テミス殿。また後でな」
イオナが部屋を出て行くと、テミスリートは盛大な溜息をついてその場にしゃがみこんだ。両手で顔を覆う。その様子を見、イーノはテミスリートの肩へと乗った。
『災難だな。ま、がんばれ』
「イーノ・・・ひょっとして、知ってたの?」
『まあ、な。あの女はすごく思考が読みやすい。こないだ会ったときからあんたにひらひらしたの着せたかったみたいだぞ』
先日、部屋を出て行くイオナの思考を覗いた時、テミスリートにはどんな衣装が似合うかを延々と浮かべていたのをイーノは知っていた。
「・・・そういうことは、先に言ってよ」
『言わないほうが面白いだろ?』
心底楽しそうにニヤリと笑うイーノの頭を、テミスリートは無言で軽く叩いたのだった。
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