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弟君の受難  作者: roon
21/30

21. 贈り物

今回は、かなりほんのりガールズラブ要素が入ります。

それっぽい表現は全部不可! という方はブラウザのバックでお戻りください。

 軽くお茶の準備をし、席に着いたテミスリートは、向かいに座るイオナに尋ねた。


「ところで、何か私に御用事でしょうか?」


 窓辺に座り、羽根をつくろっているイーノを楽しそうに眺めていたイオナは、テミスリートの言葉に思い出したかのように顔を上げた。


「ああ、そうだった」


 イオナは膝の上に乗せていた包みを、テミスリートの前へと置いた。


「昨日、色々と小物をもらってしまったのに、返礼を忘れていたのを思い出してな」

「そんな・・・私のほうこそ、受け取って頂けて助かりましたのに・・・」


 困ったように笑うテミスリートの方に、イオナは包みを押し出した。


「そう言わず、もらってもらえないか。そなたのために取り寄せたのだから」


 イオナの言葉に、テミスリートは目を丸くした。


「(取り寄せたって・・・)」


 イオナに贈ったものは、元々テミスリートの暇つぶしの産物であり、テミスリートからすればそれほどの価値はない。そのようなものに対して、わざわざ特注品を返してくるイオナに、テミスリートは顔を強張らせた。


「(貴族って・・・本当にお金持ちだなぁ・・・)」


 テミスリートも王族だが、母が贅沢を好まなかったし、父も持ち物に関してはシンプルなものを好んだため、あまり華美なものを側に置くことが今までなかった。それに、自室から殆ど出たことがなかった彼は贅沢と言うものからかけ離れた場所にいたし、庶民感覚の母の影響もあって贅沢なものに対しての免疫があまりない。後宮に来た当初は、その煌びやかさに唖然とした覚えがある。

 最近は見ることはそれほど気にならないが、流石に贈り物にと渡されるとどう扱ってよいか困る。しかし、わざわざ自分用にと用意されたものを受け取らないわけにもいかない。


「とりあえず、開けてみてくれないか?」

「は、はあ・・・」


 怖々と包みを開いていくテミスリートを、イーノは遠目にちらりと眺めた。


『(何で困ってんだ?)』


 物を貰うことが怖いというのが、イーノには良くわからない。興味深そうに、それでいて不思議そうにテミスリートの手が包みを開けるのを眺めていたイーノは、出てきたものに訝しそうに目を細めた。


『(・・・何だ、あれ?)』


 それは、碧い雫状の石が中央に嵌った小ぶりなサークレットだった。細い銀鎖で編まれた、あまり装飾のないものであったが、何故かイーノはそれに近寄りたくない気分になった。

 テミスリートも、目を丸くしてサークレットを眺めている。


「これは・・・」

「神官に瘴気を祓う力を宿してもらったものだ。魔女は瘴気に弱いのだろう?」

「ええ、まあ・・・」


 一般にはそうなっている。しかし、テミスリートの場合、人並みにしか瘴気の影響を受けないため、弱いという程でもない。


「何が良いかと色々考えたんだが、あまり華美なものではないほうがテミス殿には似合う気がしてな。普段身に着けることも出来るし、茶会などの正式な場でも、身に着けられるだろうし」

「それは・・・ありがとうございます」


 ここまでの品を一日で用意させたイオナの采配に、テミスリートは感心してしまう。


「着けてみてもらえるか?」

「あ、はい」


 言われるがまま、テミスリートはサークレットを嵌めた。ちょうど額の上に石が来る。

 冷たい石の感触にテミスリートは違和感を覚えた。


「(なんだか、変な感じ・・・)」


 普段装飾品を身に着けないため、常時石や貴金属が触れているという感覚は慣れないものがある。居心地悪そうにサークレットをいじるテミスリートの様子に、イオナは目を瞬かせた。


「(あまり、装飾品を身に着けたりはしないのか?)」


 いくら貧乏貴族とは言えど、社交界等で身を飾る経験はあるだろう。着飾るのが好きでないイオナでも、それくらいの経験はある。あまりに動きを制限される装飾は好まないが、テミスリートに贈ったもの程度ならそこまで違和感を感じない。

 その点で言えば、テミスリートの様子は少し意外だった。


「テミス殿は、あまり社交界に出た経験はないのか?」

「あまりというか、一度もありません」

「一度も!?」


 目を見開いて自分を凝視してくるイオナに、テミスリートは困ったように笑った。


「幼い頃は体調を崩しやすかったもので、部屋から出ることも稀でしたし。それに、成人前にこちらに参りましたので、機会が無かったのです」


 皇太子であったエルディックとは違い、テミスリートは社交界に出なければならないということは無かった。病弱ということもあって、一度も社交界に姿を現さなかったのだ。ついでに病弱という理由で面会も断っていたため、存在は知られていても、テミスリートの容姿を知る貴族は殆どいない。

 まあ、皇太子ではないテミスリートに会いに来ようとする酔狂な貴族がいなかったということも、理由の一つではあるが。


「(なるほど、それで・・・)」


 イオナは納得した。道理で、噂の一つも聞かないはずだ。

 テミスリートの容姿はとても目立つ。美しさについてもかなりのものだが、何より髪と目の色が珍しく、人目を引くのだ。特に、銀髪は希少だ。金髪も少ないが、銀髪はそれ以上にアトランドには少ない。前王ランバートで初めて見たという者も少なくない。それこそ、周囲から前王の隠し子疑惑が出そうなほど珍しいのである。

 イオナはあまり気にしないが、それでもこれだけ目立つ容姿をしているのに、側室達の間で噂に上らないということには少し疑問を抱いていた。

 しかし、社交界に出たことが無ければ、その容姿が人目にさらされることは無いに等しい。

 幼い頃は病弱であったことから、親に連れられて公式の場に出ることが無い上、成人前に後宮に入ったのならば、成人の儀を兼ねた舞踏会に出る機会も無い。

 成人は14歳で、正式な婚姻は成人まで不可能だが、王からの要望で後宮に入るだけであれば成人前でも可能である。正妃となるには成人している必要はあるものの、王の庇護を理由とした後宮入りであれば、年齢は関係ない。


「では、今の王の後宮が始まってすぐの後宮入りなのか」

「はい」

「それは勿体ない」

「そう・・・ですか? 私はあまり晴れやかな場を好みませんから、都合が良かったのですが」


 むしろ、社交界に出ていれば、後宮に入ってすぐに正体がばれただろう。その点で言えばとてもテミスリートとしてはありがたかったのだが、事情を知らないイオナからすれば信じられない話だった。


「それだけ優れた容姿をしているのに、着飾った経験がないなど勿体ないの何ものでもないではないか!」

「(そっち!?)」


 イオナの力説に、テミスリートは呆れた。

 テミスリートは男性である。例え、周囲から女性に間違われそうな容姿をしていようとも、後宮で側室をやっていようとも、そこだけは自負している。

 はっきり言って、後宮の女性のように着飾りたいと思ったことは一度もない。


「・・・私はあまり着飾るのを好みませんので・・・」

「それはいかん! いいか、テミス殿。美しく生まれたものには、周囲にその姿を披露する義務があるのだ」

「はぁ・・・」

「神が与え賜うたものを最大限に活かす! それは神に対する敬意だ。であるからして! 美しい者はその美しさを最大限に高めて披露することで、神に敬意を払わねばならない。お洒落は大切だ」


 拳を握り、あまりにも力説してくるイオナに、テミスリートは顔を引きつらせた。


「私のように人並みなものはともかく、そなたのように抜きん出た容姿の者はしっかり着飾らねばな」

「・・・イオナ様の方がお綺麗ですのに・・・」

「・・・・・・本気で、言っているのか?」


 目を見開いてまじまじと見つめられ、テミスリートは不思議そうに首を傾げた。


「はい」

「・・・こんなに日に焼けているのに?」

「健康的でとてもよろしいと思いますが」

「騎士の修行のせいで、女性らしい柔らかさもないが?」

「鹿のようなしなやかさがあってとてもお綺麗ですよ」

「・・・そなたは、変わっているな」

「ええ!?」


 溜息交じりのイオナの一言に、テミスリートは目を丸くした。


「一般に、女性の美しさの基準は肌の白さと可憐な容姿だ」

「そう・・・なんですか?」

「そうだ。私はどちらも満たしてないからな。父母からも綺麗といわれたことは無いぞ」


 テミスリートは目をぱちくりさせた。


「(十分綺麗なのに・・・)」


 あまり女性の容姿に詳しくない彼にとって、色白の肌で華奢な見目が美人の条件だと言われてもぴんとこない。自分が女性顔なのも母親を見て知っただけで、自分の容姿が優れているとは露ほどにも思っていない。

 そんな彼にとって、美醜は主観的なものである。

 初めてイオナに会ったとき、物語に出てくる戦女神のようだとテミスリートは本気で思っていた。テミスリートからすれば、イオナは十分美人なのである。


「少なくとも、私はイオナ様をお綺麗だと思いますし、その容姿を好ましいと思います」


 真面目な顔できっぱりと言われ、イオナはうろたえた。


「そ、そうか」


 少し頬が赤く染まっている。


『(へぇ、意外に純だな)』


 二人の様子を見ていたイーノは、興味深そうな視線をイオナに向けた。


「と、ともかく! そなたはもう少しお洒落を覚えるべきだ!」

「ですが・・・」

「そなたが乗り気でないなら、私のほうで手配させていただく」

「え、あの・・・」

「拒否は聞かないからな」


 有無を言わせないイオナに、テミスリートの顔が強張った。


「(な、何する気なのかな・・・)」

「手配をしなければならないから、失礼させてもらう。私の都合で押しかけたのに、済まないな」

「い、いえ・・・」

「では、失礼する」


 挨拶もそこそこに、イオナは部屋を退出しようとした。


「イ、イオナ様、このサークレットは ―――」

「そなたに贈ったものだ。好きにしてくれて構わない。では、な」


 パタンと閉まった扉をしばし呆然と眺め、テミスリートはイーノに視線を向けた。


「・・・これ、どうしよう?」

『俺はいらない』

「だよね・・・・・・しまっとこう」


 瘴気除けなら、イーノは嫌がるだろうし、自分もあまり必要ない。テミスリートはサークレットを外し、丁寧に包み直した。

 その様子を眺め、イーノは心の中でポツリと呟いた。


『(ご愁傷さん)』

 読んでくださり、ありがとうございます。

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