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弟君の受難  作者: roon
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2. 魔女

 数日後、エルディックとナディアが新婚旅行に出る日がやってきた。エルディックがナディアを連れ立って後宮を出て行くのを自室の窓から見送ると、テミスリートはんーっと伸びをした。

 今日からしばらく独りだ。

 ここ数日はなかなか独りになる機会が持てなかったが、今日からはナディアからのお呼ばれも、明け方のエルディックの訪問もない。久々の自由時間をしっかり満喫しようと、テミスリートはいそいそと自室の厨房へ向かった。

 テミスリートに与えられた部屋は側室の部屋が集まっている廊下のかなり離れにある。その上、ある仕掛け故に、エルディック以外の訪れは皆無である。なので、人に知られることなく色々なことが出来た。

 実際、後宮でテミスリートの存在を知るものはほとんどいない。

 厨房に着くと、テミスリートは事前に用意してあったエプロンを身にまとい、菓子を作る準備を始めた。


「今日は何にしようかな?」


 いつもはホールでケーキを焼いても、食べてくれる人がいるのだが、今は不在。そうなると、一人で消費しなければならない。


「――――――― 久々に、あれにするか」


 手前に置かれた良く使う材料を除け、棚の奥から材料を取り出していく。肌理の粗い、ふすまの混ざる粉に、植物から採った油。そして、木苺などの木の実を乾燥させたもの。それらは、通常王宮では見られないものだった。

 材料を用意し終えると、早速調理にとりかかる。水と油を粉に加え、混ぜ合わせる。そこに蜂蜜を少量とドライフルーツを加える。それを適当な器に注ぎ、オーブンへ。

 普段焼くものと比べると、かなりのお手軽クッキングである。

 焼きあがるのを厨房に設置された椅子に座って読書をしながら待っていると、やがて懐かしい、ふんわりとした匂いが鼻腔をくすぐった。


「(父上が亡くなられた時以来だな・・・)」


 一抹の寂しさを感じつつ、テミスリートは己の過去を振り返った。



 テミスリートことアルテミス・エルド・アトランドはアトランドの前王とその正妃との間に生まれた。アトランドでは、正妃の産んだ子を皇太子として扱うことが定められている。そのため、本来なら側室の子であるエルディックが王位につくことはない筈であった。

 しかし、テミスリートが生まれつき病弱であったこと、そして母親である正妃が特殊な存在であったことから、エルディックに皇太子位が移ったのである。

 テミスリートの母シェーラは魔女であった。森に住み、自然との関わりの中で生きる者。本来は人と交わる存在ではない。

 たまたま、時の王がその森を訪れなければ。

 彼女を見つけなければ。

 そして、気に入って連れ帰らなければ。

 様々な偶然が重なり、魔女は後宮に連れてこられたのだ。

 魔女は時の王を想った。

 そして、時の王も魔女を想った。正妃として迎えるほどに。

 しかし、周囲は反発した。魔女を排そうと手を変え品を変え、その命を狙った。そして、生まれたテミスリートにもその矛先は向いた。

 魔女という得体の知れない存在とその子ども。そうでなくとも、貴族でない女から次代の王が生まれるのを望む者は王宮にはほとんどいない。

 そこで、王はエルディックに皇太子位を移した。エルディックの母の生家は伯爵家であったから、魔女の子どもよりは他の貴族に受け入れられると踏んで。二人の命を守るために。

 異例のことではあったが、貴族達はそれを受け入れた。しかし、慣例に則り、正妃の子を皇太子にと望むものも少なからずいた。

 王の死後、エルディックを王に望む貴族とテミスリートを王に望む貴族で対立が起こり、テミスリートは何度も暗殺の憂き目に会った。彼は王になる気は一切なかった。そこで、エルディックと相談し、病死したことにしたのである。母である魔女はとうに亡くなっていたから、彼の死が狂言であるとは誰も気付かなかった。

 そして現在、テミスリートはエルディックの庇護の下、後宮で隠遁生活を営んでいる。



「父上が亡くなられたのは4年前だから・・・4年ぶりか」


 焼きあがった菓子を部屋に持ち込み、ホットミルクで頂きながら、意外に時間が経つのは早いものだとテミスリートは思った。

 少しぼそぼそとして食べづらいこの菓子は、シェーラから教わったものだ。食が細く、あまりものが食べれなかったテミスリートのために母が手ずから作ってくれた懐かしの味で、父王の好物でもあった。シェーラが亡くなってからは、テミスリートが父のために焼いていたが、最近はさっぱりご無沙汰であった。


「(・・・美味しい)」


 自画自賛するわけではないが、母の味が再現できていると自分では思う。それに、父のみならずテミスリートの好物でもあるのだ。思わず表情が緩んだ。


「(普段は焼けないし、今日は特別)」


 素朴すぎる焼き菓子を、貴族として生まれた者は食さない。見たことがないという貴族もいるはずだ。きめ細かく挽かれた粉や、高価なバターや卵、砂糖をふんだんに使う菓子が貴族の間では流通している。テミスリートが普段作っているのもその類の菓子である。ナディアやエルディックに馴染みのある菓子はそのようなものであるためだ。それに、王宮では高価な材料の方が入手しやすいのである。粗い粉やドライフルーツは平民が食すものであるため、王宮にはほぼ入ってこない。特に、後宮に住まうのは貴族の娘がほとんどであるため、よほどのことがなければ入ってくることもない。後宮から出られない上、あまり存在を知られないようにしているテミスリートでは、入手できる方が珍しいのだ。

 エルディックに頼めば良いのかもしれないが、流石に王に使い走りを頼むのは気が引けるし、そんなものを持って後宮を訪れれば何事かと訝しがられる。それはそれで困る。


「(これを食べたら、散歩にでも出ようかな)」


 部屋で1日過ごしてもいいが、たまには中庭で陽にあたるもの良いだろう。

 テミスリートは一日の残りをゆっくりと過ごすことに決めた。

読んでくださり、ありがとうございます。

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