18. 幼子
今回はほんのりボーイズラブを連想させるような表現が入ります。
言葉に過剰な拒否反応を示す方は、ブラウザのバックでお戻りください。
ぼんやりとした視界に強い光が差し込んできて、テミスリートは覚醒した。
「・・・・・・?」
目を開けようとするが、強い光に目がくらむ。
「(眩しい・・・)」
目を開けていられず、目元を覆う。そのまま身体を起こそうとすると、ふと光が遮られた。
こしこしと目をこすり、光を遮るモノを見る。そして、そのままピシッと固まった。
「お、おはようさん」
「・・・・・・・!」
寝台の端で、上肘をついて自分を覗き込んでくる魔物を見、テミスリートは飛び起きた。口から声にならない叫びが迸る。
「(あわわわわわわ・・・・・・!)」
昨夜のことが突如思い出され、テミスリートの顔から血の気がざっと引いた。慌てて身体を点検する。
「(へ、変なことされてないよね!?)」
「・・・してねーぞ」
むくれて口を開く魔物をしばし注視し、テミスリートは脱力した。寝台の上にへにゃりと座り込む。その様子に魔物はこっそりと苦笑し、寝台のカーテンを引いた。
どうやら、時刻は昼頃らしく、少し強めの日差しが小窓から中に入ってきている。目の前に広げられた、光を反射して煌く銀の髪を一房取り、魔物は手の中で弄んだ。
「(昼の河みてーだな)」
河辺に陽の光がキラキラと波打つかのように手の中で光を踊らせる髪の束に、口元がゆるむ。
しばらくいじって、その光の動きと髪の手触りを楽しんでいると、胡乱げな瞳が自分を見つめてくるのに魔物は気づいた。敢えてそれを無視していじり続けていると、困惑交じりの声をかけられる。
「何・・・してるんですか?」
「遊んでる」
魔物の返答に、テミスリートは盛大にため息を吐いた。
「(あまり深く考えないようにしよう)」
そのまま軽く伸びをし、テミスリートは寝台から降りた。いそいそと後をついてくる魔物を伺いつつ、広間を通って風呂場に行くと、魔物が入ってくる前にパタンと扉を閉め、鍵をかけた。
ゴチン、と鈍い音が扉の向こうから聞こえた。
「お、おい」
「着替えるんですから、入ってこないでください」
扉越しの抗議にピシャリと言い放ち、さっさと寝間着からいつもの法衣に着替える。
「(扉、壊されないと良いけど・・・)」
魔物の力なら、壊すのは容易い。さすがに見られるのは恥ずかしいから閉めたが、そのせいで扉が使い物にならなくなるのも困る。そんなことを思いながら、急いで着替えを終えると、身だしなみを整えるのも早々に扉を開けた。
恨めしそうな視線が、テミスリートに向けられていた。
「・・・そこまで、堪え性なくないぞ」
むすーと言われた言葉に目を瞬かせ、テミスリートは軽く吹きだした。扉越しに思考を覗いていたらしい。
肩を震わせるテミスリートに、魔物は更にムッとした。
「笑うなよ」
「す・・・すみません・・・っ!」
何とか笑いを抑えると、魔物の横を抜けて風呂場を出る。魔物が興味津々で風呂場を覗き込んでいるのを横目で見、テミスリートは忍び笑いを漏らした。
「(何か、子どもみたい)」
構えていたせいで気付けなかったが、昨夜からの一連の行動も、子どものするいたずらだと思えばそれほど怖いものでもない。
自分より長く生きているはずだが、まだまだ中身は未熟なのかもしれない。
「(少しくらい、大目に見てあげてもいいかな)」
子どもの駄々にそこまで目くじらを立てる必要はない。完全に自由にさせるわけにはいかないが、多少は好きにさせてもいいだろう。
そんなことを考えていると、不意に魔物が振り向いた。
「・・・・・・何だよ?」
「いえ」
「(・・・嘘つけ)」
魔物は内心毒づいた。目の前で感情の読めない笑みを浮かべるテミスリートを半眼で見やる。
「(思考隠しやがって・・・)」
少し自分に慣れたのか、先程まで易々と読めていた感情と思考が読み取れなくなっている。
魔物が読める思考は、その者がその時考えていることだけだ。感情に至っては、人よりも少しわかる程度でしかない。少し魔物について知っている者なら簡単に隠せる。
魔物自身それは分かっているが、今まで読めていた相手の思考が読めないのは面白くない。
「(ちぇ~)」
心の中で悪態をつき、魔物はテミスリートの頭をくしゃくしゃと掻き回した。
「うわっ、何するんですか」
「べつにぃ~」
手に感じる髪の感触と、同時に伝わってきた困惑に少し気を良くして、魔物は更に頭を掻き回す。
「もう、やめてください!」
「やだ」
自分の手を押しのけようとするテミスリートの手に自分の証を見つけ、魔物はニンマリと笑った。
「(ああもう! また整えなくちゃ駄目じゃないか!)」
ぼさぼさになった髪を手櫛で整えながら、テミスリートは心の中で愚痴を零した。
「(本っ当に、何されるか分かったもんじゃないな)」
見た目は大人の男性であるのに、やることなすこと普通の人間とは異なる。呆れを含んだ息を吐くテミスリートに、魔物はじとー、とした目を向けた。
「・・・なんだよ。言いたい事あるならハッキリ言えよ」
「いえ・・・」
テミスリートは再度感情を隠した笑みを浮かべた。
少しでも気を緩めると、魔物に思考を読まれてしまう。わざと関係ないことを考えて、思考を悟らせないようにと気を配っていたテミスリートに、魔物はずいと詰め寄った。
「あんたさ、そーゆー態度似合わないから、やめなよ」
「・・・・・・?」
「人間にはそれで十分なのかもしれないが、俺にはムリ。そーゆーの見ると、イラッとする」
「(そう言われても・・・)」
人に言えないものを抱えている身としては、この態度は癖のようなものだ。人前ではなかなか変えられない。
「少なくとも、俺の前ではやめろ」
「・・・・・・」
不機嫌かつ不遜な態度で言い放つ魔物にどう返して良いか分からず、テミスリートは困ったように眉を伏せた。それを見て、魔物の目が更に苛立ちを増す。
「・・・できないってんなら―――」
魔物はわざとらしく表情を一転させると、ペロリとテミスリートの頬を舐めた。
「!?」
「――― 喰っちまうぞ」
一気に身体中の毛を逆立てるテミスリートに、魔物は満足そうに笑んだ。
「ななななな・・・・!」
「あんた位小さかったら、生きたままでも喰えるからな」
心の中で勿体ないが、と付け加え、魔物は自分の腕をテミスリートの首に回した。更に顔を近づける。
「そのまま丸呑みにしてもいいが、先に死なない程度に端から齧っていくのも面白そうだ。あんたは、どっちがいい?」
きらりと犬歯を覗かせ、自分を覗き込んでくる魔物に、テミスリートは更に蒼白になった顔を向ける。混乱した様子が伝わってくる思考を受け、もう一押しとばかりに魔物は口を開けて目の前の細い首筋に齧りつこうとした。
「わ、分かった! 分かったから!」
悲鳴に近い叫びに、魔物は満足そうにテミスリートから離れた。
「(やりぃ~)」
別に本気で喰らう気があった訳でなく、ちょっとからかってみただけのつもりだったのだが、ここまで効果てきめんとは思っていなかった。
この様子なら、本気で怒らせて退治されるような要求をしない限り、同様の方法が通用しそうだ。
何かあったらこの方法で黙らせよう、と心の紙にメモを取ると、魔物は満面の笑みをテミスリートに向けた。
「ほんじゃ、これからよろしくな」
「・・・居座る気、なん・・・だ」
「もちろん」
さも当然と言わんばかりの魔物の返答に、テミスリートは額に手を当て、項垂れた。
「(なんでこう、厄介ごとばっかり・・・!)」
イオナはともかくとして、魔物は完全に予想外である。自業自得かもしれないが、自分の張った結界を破れるだけの力を持った魔物自体想定外だったのだ。
目の前で邪気のない笑みを向けてくる魔物に、テミスリートは心の中で、泣いた。
読んでくださり、ありがとうございます。