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弟君の受難  作者: roon
17/30

17. 所有

今回はほんのりボーイズラブ要素が含まれます。

言葉だけでも無理な方、ブラウザのバックでお戻りください。

 目の前で魔物が上機嫌で菓子にパクついているのを眺めつつ、テミスリートは眠い目をこすった。


「(・・・帰ってくれないかな・・・)」


 寝室の小窓から、少し白んだ空が見える。もうほとんど徹夜だ。昼間に少し仮眠を取ったとはいえ、何だかんだで力を使っているし、イオナに夜まで付き合った上に更に魔物の相手をしているのだから、さすがに疲れが溜まっている。

 しかし、寝るわけにもいかない。


「(何されるか分からないし・・・)」


 先程の行動もそうだが、魔物の行動は突拍子の無いものばかりで予測がつかないし、おちおち寝てもいられないだろう。そうでなくとも、揉め事を起こされると困るし、このまま見過ごすわけにもいかない。だからといって、これ以上付き合うのは体力的に厳しい。


「(・・・頼んだら、帰ってくれないかな)」


 魔物の機嫌はすこぶる良い。聞く耳もあるようだし、うまく頼めば帰ってくれるかもしれない。

 そんな淡い期待は、魔物の一言で粉々に打ち砕かれることとなった。


「何言われても、帰らないぞ」

「(あう・・・・・・)」

「ムダなことすると、余計に心労たたるぞ。止めときな」

「(・・・誰のせいだと・・・)」


 釘までしっかり刺され、テミスリートはため息をついてこめかみに手を当てた。


「(何とかしないと・・・)」


 このままずっと居座られると、睡眠不足で殺されそうだ。今日一日は何とかなったとしても、数日続けば体調が悪化する恐れがある。何とかして帰ってもらわないといけない。


「(本当に吹き飛ばしちゃおうかな)」


 世界の果てまで送ってしまえば、しばらくは平穏な日々を過ごせるだろう。結構力を使うが、数日寝込む程度で済むはずだ。


「――― させないよ」


 途端、周囲に瘴気が渦巻いた。片手でブラウニーを持ったまま、魔物が口角を上げる。


「・・・・・・っ」

「無理矢理追い出すってんなら、俺も好きにさせてもらうからな」


 軽く脅しをかけて、魔物は瘴気を霧散させた。再びブラウニーにパクつく。


「(ああ、もう・・・!)」


 手の打ちようが無いではないか。テミスリートは小机に額を押し付けた。


「そんなに眠いなら、寝りゃあいいだろ」

「・・・出来るわけ、ないでしょう?」

「何でだ? 誰も来ないし、困らないだろ?」

「(いけしゃあしゃあと・・・)」


 思わず魔物を怒鳴りつけたくなるが、グッと我慢だ。余計なことで体力を消耗したくない。テミスリートはポットの紅茶をカップに注ぎ、軽く口に入れた。

 その様子を楽しそうに眺め、魔物は目を細めた。


「(いいねぇ・・・)」


 結構限界のはずなのに、必死で眠らないようにしている様子がありありと見える。感情に苛立ちが混ざっているのが伝わってきて、とても楽しい。


「(そろそろ、止めとかないとな)」


 このままちょっかいを出し続けても良いが、あまり無理をさせ過ぎて体調を崩されても困る。寝込まれれば、しばらくは構ってもらえなくなるのだから。


「(人間ってのは、脆いからねぇ)」


 今までにも色々な人間を相手にしたが、その中には一日で壊れてしまった者もいた。少し力を加えただけなのに。


「別に、俺はここで何かしようとは思ってないからな。あんたが心配することはないだろう?」


 最後の菓子を咀嚼しながら、少し声を和らげた魔物に、テミスリートは訝しげな視線を向けた。


「昼間にも聞いたし、あんたが気にしてることくらい分かってる。それはやらないから、心配するな」


 人に害を与えることが楽しいわけではないし、今はそれより楽しいことがある。わざわざ、楽しみを潰すような真似はしない。

 魔物の言葉に、テミスリートは困惑した顔を魔物に向けた。魔物が嘘をつかないというのは分かっている。だからこそ、わざわざ言質を取られるような真似をする訳が分からない。


「ですが・・・」

「あんたにも、危害は加えないよ。少なくとも、殺しはしないさ」

「(・・・逆に、怖いんだけど・・・)」


 なら、何をするのかと尋ねようとして、テミスリートは口元を押さえた。目の前で舌なめずりするような視線を向けられ、条件反射のように身体が硬直する。冷や汗が背中を伝った。

 言うより先に、思考を覗かれたらしい。やぶ蛇だ。


「さ、寝るぞ」

「え、ちょっと・・・(泊まってくの!?)!」


 椅子から立ち上がり、寝台に上がってくる魔物に、テミスリートは慌てた。


「こ、困ります!」

「いいじゃん、別に~。こんなに広いんだし」


 寝台の端に寄り、魔物は自分の寝床を確保する。嬉しそうに布団を叩く姿に、テミスリートは手で顔を覆った。

 勘弁して欲しい。たとえ、何も揉め事を起こさないとしても。


「(・・・仕方ない。椅子で寝るか)」


 揉め事を起こさないなら、一晩くらい泊めてやっても良いことにしよう。それで帰ってくれたら御の字だ。隣室へ移動すべく、テミスリートは寝台を降りた。しかし、背後からガシッと肩を掴まれる。


「ほれ、あんたも」

「う、わ・・・!」


 強い力で引き戻され、テミスリートは寝台に転がった。そのままずりずりと枕元まで引き寄せられる。


「ちょ、ちょっと」

「ほれ、さっさと寝ろ」

「(寝れるかーーー!)」


 上から布団を被せられ、テミスリートはもぞもぞともがいた。ひょっこり布団の山から頭を出す。


「いきなり、何をするんです!?」

「何って、寝るに決まってんだろ」


 そう言って布団に潜り込んでくる魔物に、テミスリートは慌てた。


「い、一緒に寝る気!?」

「二人くらい余裕だろ? この広さなら」


 側室の寝台は王の訪れがある場合もあるため、広めに作られている。狭くはない。が、何故魔物と一緒に寝なければならないのか。


「(じょ、冗談じゃないよ!)」


 誰かに付いてもらって寝る時期はとうに過ぎた。それに、魔物だから差別しているというわけでないが、嫌な予感しかしない相手と寝台を共にするつもりは毛頭ない。


「一人で寝てください!」

「ヤダ」


 寝台から起き上がろうとすると、再び布団に戻される。さすがに、堪忍袋の緒が切れた。


「あまり悪戯が過ぎるようでしたら、こちらも黙ってませんよ!」

「やれるもんなら、やってみな~」


 飄々と返してくる魔物に苛立ち、テミスリートは反射的に魔物を排除すべく力を練り上げる。

 が、魔物の行動の方が素早かった。


「はい、"お休み"」


 魔物の声と共に、全身に眠気が襲ってくる。元々睡眠を欲していた身体は抵抗する間もなく、呆気なく寝台に没した。静かな寝息を立て始めるテミスリートに、魔物は軽く溜息をついた。


「(そんなに怯えなくてもいいんだけどねぇ)」


 確かに、餌としては極上だし、からかうのが面白くて度を越してしまったのは事実だが、怖がられるとは心外だった。このままからかい続ければ、恐慌状態に陥り、思い切り力をぶちかまされたに違いない。


「(しばらくは、抑えないとダメかもねぇ)」


 どうやら、人からの干渉に弱いらしい。今までのように接し続けると、自分の身が危ない。少しからかうのを抑えた方が良さそうだ。


「(離れる気、ないからねぇ)」


 折角見つけた獲物兼玩具をそうそう手放すつもりはない。少なくとも、他の魔物に喰われたり、人間に殺されたりするのは阻まなければならない。

 魔物は、そっと布団の中に手を入れ、テミスリートの右手を掴みだした。その手の甲に口付ける。


「(これは・・・俺のだ)」


 昼間、居場所を捉えるためにつけた印の上に、自分の所有であるという証を刻む。目に見えるものではないが、魔物であれば埋め込まれた力に気付く筈だ。強くない魔物なら、近づくことすらしないだろう。


「(これで、よし)」


 魔物は証をしっかりと確認すると、布団の中へと頭を埋めた。


「(こうやって寝るの、初めてだな)」


 いくら人の姿をしているとはいっても、魔物が人の中で暮らすことは出来ない。こうして、人と同じように茶を飲み、寝台に寝るというのも長年生きていて初めての体験だ。


「(・・・変なの)」


 独りでいる期間が長かったから独りには慣れているが、側に温もりがあるだけで少し心が弾む。それが何故だか分からず、魔物は首を傾げた。


「(・・・しっかし、結構強情だねぇ)」


 少し力を用いて眠気を促しただけで、ここまでぐっすりとは思わなかった。そこまで無理に起きていたことに苦笑が漏れる。


「(ゆっくり、お休み)」


 自分にも言い聞かせるかのように心の中で呟き、魔物はニマニマと笑って目を閉じた。




読んでくださり、ありがとうございました。

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