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弟君の受難  作者: roon
15/30

15. 再会

 厨房で温かいはちみつレモンを楽しみながら、テミスリートは今までに書き溜めたレシピをパラパラと眺めた。


「(明日は、何を作ろうかな)」


 日持ちがするパウンドケーキや、傷みにくいチョコレート菓子なら、一人でも傷む前に消費できるだろう。あとは、菓子ではないが、食事代わりに食べられるパイやキッシュ、パンの類も良いかもしれない。


「(いっそのこと、パスタでも打とうか)」


 時間はいくらでもあるし、少し体力は使うが、翌日動けなくなるほどのものではない。魔女の技で凍らせておけば、毎日の食事の用意も少し楽になるだろう。

 そんなことを考えて、テミスリートは顔を上げた。そのまま、厨房の天井を遠い目をして振り仰ぐ。


「(・・・・・・現実逃避してても、仕方ないよね)」


 ちらりと壁の方に視線を向け、寝室の気配を探ってみれば、やはり、いる。結構長い時間厨房にいるはずなのだが、一向に去る様子を見せない。


「(いい加減、帰ってくれないかな)」


 もうすぐ日の出の時間である。もう夏に指しかかろうとしている季節ではあるが、夜は結構寒い。はっきり言って、椅子に座って寝るのは遠慮したい。


「(このまま居座られると、困るしなぁ・・・)」


 寝室に行かなくて何事も起こらなかったとしても、居ついてしまうととても困る。毎日毎日監視など到底出来るはずもないのだから。


「(行くしかないか・・・)」


 丁度カップも空になったことだし、そろそろ行動に移ったほうが良いだろう。テミスリートはレシピをしまい、カップを片そうとした。と、視界にまだ湯気を出す薬缶の姿を捉える。


「(そうだ!)」


 良いことを思いついたとばかりに、テミスリートは笑みを零した。



 テミスリートの寝室を占拠した魔物は、寝台の上で心底楽しそうに笑った。

 昼間に会った、毛色の変わった魔女にちょっかいをかけてみようと思い、邪魔の入らなさそうな夜中に部屋に忍び込んだのだが、肝心の魔女はいなかった。そこで、驚かせてみようと寝台に隠れていたのだ。普通の魔女なら、それを察知した時点で寝室に飛び込んできて調伏しようとするはずだった。が、魔女の取った行動はあろうことか『帰るまで放置』だったのである。扉越しに伝わった魔女の思考に、魔物は驚きで一瞬動けなかった。


「(本当に、おもしれーヤツ)」


 寝室を開けてこちらを見たときの、ギョッとした表情は忘れられない。怖がっているというよりは、困惑しているといった様子の感情と相まってとても印象に残った。その上にあの思考である。魔女としては明らかにイレギュラーだ。


「(さて、どうするかな?)」


 問答無用で襲い掛かってくる様子はないし、居座っても危険はないだろう。というか、このまま居座っていたら相手がどう出てくるかに興味が湧く。


「(いい暇つぶしになりそうだ)」


 鼻歌交じりに寝台に突っ伏していた魔物は、不意に魔女の気配が強まったことに気付いた。


「(お、来たな)」


 ようやく、戻ってきたらしい。魔物は寝台から身を起こすと、自らの身体を霧へと変化させる。そして、扉の隣に移動した。

 元々瘴気が集まって生まれた魔物は、その姿を自由に変えることができる。そのため、あまり知られていないが、瘴気の霧の姿が本性である。


「(さて、どう出るかな?)」


 また出て行かれては面白くないので、入ってきたところで捕獲にかかるつもりだ。気配を消し、半ばワクワクと魔女の入室を待ちわびていた魔物の耳(?)に、扉の開く音が聞こえた。




「・・・あれ?」


 テミスリートは不思議そうに寝室の中を覗き込んだ。先程訪れたときは寝台にいた魔物の姿が見当たらない。


「(帰ったのかな?)」


 念のため、気配を探ってみるが、先程までの濃厚な瘴気もほとんど霧散し、魔物の存在を感知できるほどではない。テミスリートは安堵のため息を漏らした。


「(良かった・・・)」


 せっかくの用意は無駄になってしまったが、何も無いならそれに越したことはない。

 手に持っていたモノを寝台の横に置かれた小机の上に載せようと、テミスリートは部屋の中へと足を踏み入れた。


――― パタン


「!?」


 背後の扉が閉まる音に驚き、振り返ろうとした視界を黒い霧が遮る。


「うわっ ―――!」


 思わず、声を上げそうになった口を何かに塞がれた。それと同時に、身動きが取れなくなる。


「――― はい、つかまえた」


 頭上から聞こえた、覚えのある声に一瞬固まり、テミスリートは恐る恐る顔を上げた。

 紅い瞳に妖しい光を湛え、昼間の魔物が笑みを浮かべて見下ろしていた。


「お帰り、魔女さん」

「(な、な・・・何で!?)」


 帰ったのではなかったのか。目を白黒させているテミスリートの頭の上に顎を乗せ、魔物は満足そうに笑った。


「あんた、魔女にしちゃニブ過ぎだな」

「(う゛・・・・)」


 言葉が、テミスリートの心にグサリと刺さる。

 魔物との対峙経験のある魔女なら、気配が無くとも瘴気で魔物の有無を判断できる。例え未経験でも、自然から生まれる魔女は魔物の気配に敏感だ。扉を閉められるまで気付かないのはかなり珍しい。

 しかし、テミスリートは厳密に言えば魔女でないから、そんなに高機能には出来ていない。

 仕方が無いだろうと心の中で愚痴を零すテミスリートを見下ろし、魔物は目を瞬かせた。


「(魔女じゃ・・・ない?)」


 身体から立ち昇る力からは確かに他の魔女と似た香りがする。確認も兼ねて、その項に鼻を寄せると、魔女特有の香りに混じって微かに違う匂いが鼻腔を掠めた。

 何度も嗅いだことのある匂いに、魔物の目が見開かれた。


「(・・・人間!?)」


 魔女の力の香りが強すぎて分からなかったが、確かに人と同じ匂いがする。魔女であれば、力の香り以外はしないはずだ。


「魔女の力を持った人間か・・・珍しいな」


 感嘆の色を滲ませて呟かれた言葉に、テミスリートはギョッとして身じろいだ。魔物が思考を読み取れることに今更思い至ったらしい。何とか自分を捉える腕から出ようとするが、両手に持ったモノが邪魔であまり効果は無かった。置く場所があればいいのだが、周囲には置けそうにないし、放り投げるのは危ない。


「(ど、どうしよう!?)」


 声が出せない以上、魔物に立ち向かう手段が無い。思考も読み取られているし、絶対的に自分が不利だ。

 腕の中でもがきつつ、あーでもないこーでもないと打開策を模索しているテミスリートの思考を読みながら、魔物はしばし思案した。


「(さて、どうするかな)」


 食べるつもりは無かったが、折角良い食材が手に入ったのだから、逃がすのも惜しい気がする。この場で一気に喰らっても良いし、持ち帰ってゆっくり味わっても良い。食べずに保存食として置いておいても楽しそうだ。当初の目的とは大分異なるが、ソレはソレで良いかもと危ない思考に傾きかけた魔物の目に、テミスリートの両手にあるモノが映る。


「ん? 何だ、これ?」


 上から覗き込むと、それは湯気を立てるポットと2つの空のカップ、そして何種類かの菓子が入った器を載せたお盆だった。


「何でこんなもん持ってきたんだ?」


 意図が分からず、魔物が問いかけると、テミスリートはもがいていた手を止め、もの言いたげな視線を魔物に返した。それと同時に伝わってきた思考に、魔物は思わず噴出した。


「ハハハハハハ!!!」


 こらえ切れず、お腹を抱えて笑い始める魔物から解放され、テミスリートはホッと息をついた。急いで魔物から遠ざかり、魔物の方に憮然とした表情を向ける。


「(・・・そんなに笑わなくてもいいのに)」


 テミスリートからすれば、そんなに可笑しいことを言ったつもりはなかった。


「(普通、お腹いっぱいになったら満足するでしょ)」


 テミスリートが、魔物が訪れた理由として一番最初に思いついたのが、空腹だった。魔物にとって魔女は天敵であると同時にとても良質な獲物である。森に住まう魔女のように、周りに自然が満ち溢れている場所の魔女を餌にするのは難しいから、自分の元に来たのではないかと思いついたのだ。

 お腹が空いているのなら、何かしらこちらで提供してやれば帰ってくれるのではないかと思い、なるべくお腹の膨れそうな菓子を持ってきてみたのだが、どうやら違ったらしい。

 それどころか、盛大に笑われている。


「(遠くに吹っ飛ばしてやろうか・・・)」


 先程のお返しも兼ねて、世界の果てまで送ってやっても良いかもしれない。そんなことを考えつつ、テミスリートは小机に持っていた盆を乗せた。それから、魔物の方へ視線を向ける。


「いい加減、笑うのを止めて頂けませんか?」


 険のこもった視線と声に、魔物はやっと顔を上げた。


「悪ぃ悪ぃ。だけど、『何か食べさせたら帰ると思った』って・・・ぷくくっ・・・!」


 再び笑い出す魔物を尻目に、テミスリートはポットの中身をカップに注いだ。小机の傍らに置かれた椅子を寄せると、寝台に腰掛ける。


「(・・・どうせ私は未熟者ですよ)」


 人として生きた時間も短いし、経験も浅い。魔物についても人より詳しいが、魔女のようには対応できない。第一、身体の造りからして違うのだから、本能レベルで感知したり嫌ったりするのは無理な話だ。


「(・・・・・・ふん、だ)」


 少し気落ちしつつ、テミスリートは魔物の回復を待った。





読んでくださり、ありがとうございます。

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