11. 部屋
「・・・あまり、綺麗な部屋ではありませんが・・・」
「(な・・・!?)」
テミスリートについて、部屋の中に入ったイオナは目の前の光景に目を疑った。
簡素な部屋ではある。あまり調度品も置かれていないし、イオナの部屋よりは狭い。しかし、それはあまり問題ではない。
所々に置かれた、草木染の布のカーテンやパッチワークのクッション、木組みの細工物、花の咲く鉢植えなどの小物。
貴族の女性の部屋にはあまり見られない、自然を基調にした品々が、部屋を柔らかく彩っていた。
「(か、かわいい・・・!!)」
どの方向を見ても、可愛らしいもので溢れている。思わず、イオナは部屋の入口に置かれた小さなうさぎのぬいぐるみを手に取り、まじまじと見つめた。
「そんなに上手に出来ていないので、あまり見ないでください」
「ああ・・・・・・?」
テミスリートは気恥ずかしさに顔を俯かせた。よくよく見れば、きっと糸の解れがばれてしまう。特に、イオナの手にあるものは初期の作品である。所々誤魔化して編んだ覚えがあった。
「・・・・・・自作、なのか?」
「後宮で出来ることは限られますから」
イオナのように剣を振るえるほど丈夫ではなく、小さい頃は部屋から出られなかったテミスリートができることは裁縫などの手芸と家事一般、そして母直伝の魔女の技だけだ。後宮で側室として生活するには便利なことばかりなので、手芸や菓子作りは暇な時に良くやっている。しかし、作ってもプレゼントできる相手はエルディックとナディアだけなので、部屋中に溜まってしまっていた。無理矢理インテリアとして並べているが、テミスリートには少し煩わしい。
が、イオナにはそうは映らなかったようだ。
完全に固まっているイオナに、テミスリートは困惑した。
「あの、イオナ様?」
声をかけてみるが、反応がない。
「(何か、可笑しかったかな?)」
テミスリートは首をかしげた。
自分が男であることを考慮にいれなければ、部屋に可笑しいところはないと思うのだ。確かにシンプルだが、貧乏貴族だとこの程度であるし、手芸は貴族・平民に関わらず女性は良くやっている。だから、自分の部屋に作品があることは可笑しいことではない。
そう思い込んでいるテミスリートは、自分の知識が偏っていることを気付いていなかった。
確かに、女性は手芸を嗜むものが多い。しかし、裁縫や毛糸の編物の類は平民向けのものであって、貴族はレース編みしかしないのである。それに、草木染めもしない。
自分の常識が他者とはかけ離れているとは思いもよらないテミスリートは、困惑した表情のまま、再度イオナに声をかけた。
「イオナ様? 大丈夫ですか?」
「・・・・・・(欲しい・・・)」
イオナの目は相変わらずうさぎに釘付けだ。
「(何か、一つでももらえないだろうか)」
他の側室の部屋にお呼ばれしたときも、豪華な模様が描かれた茶器や美しい細工が施された飾りに頬を緩ませたが、この部屋の小物はそれ以上である。豪華な美しさではなく、華奢な愛らしさが際立つ部屋の内装に、思わず部屋ごと譲ってもらいたい衝動に駆られる。
流石に口には出せないが、許されるなら持ち主ごと譲って欲しい。そんな危ない思考を奥に引っ込め、イオナは口を開いた。
「ゆ、譲ってもらってもいいか!?」
声が上ずったのは仕方ないことだと思いたい。
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