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弟君の受難  作者: roon
10/30

10. 激怒

この回は、ほんの少し残酷(!?)描写が含まれます(流血表現は含まれません)。

苦手な方、ご注意ください。


 シュッ・・・!

 空気を切る微かな音に、魔物は瞬時にその場に屈みこんだ。その途端、背後で何かが刺さる音がする。テミスリートの眼が、大きく見開かれた。


「・・・・・・!?」

「・・・危ないねぇ」


 魔物の背後の柱には、一つの短剣が突き刺さっていた。動くのが少しでも遅かったならば、その短剣は魔物の頭に突き刺さっていただろう。決まった姿を持たない魔物でも、流石にダメージは大きかったはずだ。

 魔物は立ち上がると、短剣が飛んできた方を見た。その眼が細められるのを見、テミスリートもそっと振り返る。そして、目を丸くした。


「サリヴァント伯爵嬢!?」

「女子に手を出すな、この下衆め!」


 そこにいたのは、動きやすそうに簡略化された鎧を身に纏ったイオナだった。抜刀し、こちら――― はっきりと言えば魔物――― を睨みつけている。


「随分と勇ましいお姉さんだねぇ」


 魔物は苦笑した。先程投げられた短剣は中程まで柱に埋まっている。渾身の力で投げられたに違いなかった。

 イオナは走って魔物の方に近づいてくると、テミスリートを後ろに庇って前に出た。そのまま魔物に食って掛かる。思いがけない行動に、テミスリートは慌てた。


「貴様、何者だ!? なぜ後宮にいる!?」

「は、伯爵嬢! 下がってください!」

「何故止める!? 相手は男だぞ! ここにいること自体、成敗の対象だろう!」

「男じゃなくて、魔物なんです! 無闇に手を出さないでください!」

「どちらにせよ、不審者には違いないだろう!」


 完全に切れている。何とか止めようとするが、テミスリートの腕力では止められない。テミスリートを振り切り、イオナは手にしていた剣で魔物を突いた。魔物の身体に剣がめり込む。しかし、手ごたえは感じられなかった。


「・・・・・・!?」

「人にしては、強いな」


 楽しそうに笑う魔物に、イオナは目を見開いた。魔物は刺さった剣を掴むと、力を籠め、引き抜いた。剣は何の抵抗もなく、その身体から抜ける。身体には傷一つ見当たらなかった。


「――― でも、そこの魔女よりはずっと弱い」

「く・・・!」


 魔物の言葉に、イオナの表情が悔しげに歪んだ。

 魔物には、あまり物理的な攻撃は効かない。急所を突けば多少のダメージは与えられるが、元々実体のない瘴気から生まれているため、効果が薄い。詮無いことであった。


「(邪魔も入ったし、退散するかな)」


 一口ぐらい味見していきたかったが、目の前の女性の隙を盗んでは難しそうだ。いくら剣が効かないとはいえ、痛みはある。出来ることなら、遠慮したい。


「まあ、面白いものも見れたし、もういいや」


 魔物の呟きに、イオナは魔物をギッと睨んだ。テミスリートも、少し離れたところで瞳に少し警戒の色を含ませている。二人の様子に魔物は瞳を細めた。

 瞬間、テミスリートの方へ間合いを詰める。


「!?」

「じゃあね、魔女さん」


 魔物はテミスリートの右手を取ると、その甲に掠めるように口付けた。


「――― また、今度」


 耳元で囁くように呟くと、魔物は宙へ舞い上がった。


「待て!」


 慌ててイオナが叫ぶが、魔物は後ろを振り返ることなく、空の彼方へ消えた。


「――― くそ!」


 憎憎しげに吐き捨てると、イオナは剣を収めた。そして、足早にテミスリートに近づく。


「大丈夫か?」


 そう言って、懐からハンカチを取り出し、テミスリートの右手の甲を拭った。強く擦られ、チリチリとした痛みがはしる。


「・・・っ」

「ああ、済まない」


 イオナはそっと手を離した。


「後で、きちんと洗浄し、消毒しておいたほうがいい」

「は、はい。・・・ありがとう、ございます」


 あまりに過剰な対応に、テミスリートの顔が引きつった。

 貴族の女性の手に男性が接吻するのは、社交界では良くあることだ。ここまで過剰に反応する女性はほとんどいない。


「(本当に、男の人嫌いなんだ・・・)」


 先日言われた言葉を思い出し、テミスリートは身震いした。


「またあの輩に遭遇すると厄介だからな。部屋まで送ろう」

 

 イオナの善意に、さらにテミスリートの表情が引きつった。姿を変えているため、気付いていないだろうが、送られると拙い。


「いえ、一人で帰れますから! これでも強いほうですし!」

「いや、いくらそなたが強いとはいえ・・・ん?」


 イオナはしばし考え込んだ。


「(あの男、『魔女』と呼んだな。しかし、魔女といえば・・・)」


 脳裏に、少し儚げな愛らしい少女が浮かぶ。目の前の"少女"に視線を向けると、きょとんと瑠璃色の瞳が見返してくる。

 髪の色も、瞳の色も、自分の知る少女とは異なる。

 しかし、何故かそれが正解だと、勘が告げていた。


「・・・テミスリート殿、か?」

「!」


 目の前の"少女"は驚きに目を丸くした。


「お先に、失礼します!」


 頭を下げ、慌てて去ろうとする"少女"の左腕を掴み、イオナは自分の方に向かせた。


「久々に会えたというのに、その反応はないだろう?」


 掴んだ"少女"の腕には、見覚えのある腕輪がはめられていた。


「さて、説明してもらえるかな? 魔・女・ど・の?」


 晴れ晴れとした笑顔で問い詰めてくるイオナに、テミスリートは蒼い顔をしてコクコクと頷いた。

 


 

 

 

読んでくださり、ありがとうございます。

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