やっとみつけた。
「やっと、みつけた」
少女が、僕を見上げていた。
路面電車。唸りを上げて、僅かな加速に少しだけ身体を横に押される。
木の床を背景に、その少女は僕を見つめていた。
猫耳の飾りをつけた、ヒラヒラしたワンピースを着た女の子。見覚えのないその姿に、僕はおずおずと尋ねる。
「……なにを、見つけたのかな」
「君をだよ。——親友」
親友。何の冗談だ?
——僕をそう呼ぶ相手は、もう何年も前にいなくなったはずなのに。
フラッシュバックする情景。笑いあった日。遊んだあの日。突然の惨劇。轟音。飛び散った赤いもの。回収される肉塊。かつて親友だったもの。それが骨と灰になった日。線香の匂い。——彼はもういないのだ、と実感した瞬間。
「っ……」
喉が苦しくなって、思わず手で口をおさえる。
そんな僕を見て、目の前の彼女は少し目を丸くして、それから細めて、ゆっくりと息をついて、そっと僕の頭に手を置いた。
「ごめんね、カズキ。悪いことを思い出させちゃったようで」
「ふざ……っ」
——ふざけるのも大概にしてくれ。言おうとした言葉は、しかし少女の慈しむような目に塞がれる。
……ああ、あいつみたいな目をしやがって。
ボロボロと涙がこぼれ。
「やっと、会えた。……だいすきだよ、親友」
僕は、否応なしに理解してしまった。
ゆっくりと僕を抱きしめるその少女は、まさに。
——幼くして死んだ親友、タカユキそのものだ。
*
隣に、彼女が座っている。
「…………」
「いいの? 中学の最寄りは過ぎちゃったけど」
彼女——自称タカユキは尋ねてくるが、僕は何も答えなかった。
いや、答えなかったんじゃない。頭がいっぱいいっぱいで答える余力がないだけだ。
軽く息を吐くと、彼女は僕にもたれかかって、くるると小さく喉を鳴らした。
「やっぱ、カズキの隣が一番居心地がいいや」
「……お前、何者?」
かろうじて尋ねた言葉。旧型な路面電車の重い唸り声を背景に、彼女は目を細めて。
「おれだよ。タカユキ。君にあいたくて、化けて出てきちゃった」
あっけらかんと告げた。
「化けてって……そんなわけ」
「輪廻転生。……生まれ変わりって言ったほうが良い?」
「それでもそんな」
「こんなに早く大きくなるわけない? まあそうだよね。死んでからたったの五年。ちょっと辻褄が合わないか。——人間なら、だけど」
理解できない僕を見上げて、彼女は告げた。
「猫なの、おれ。……てか、わたし。いまはユキって名前で」
「……そんな、ばかな」
絶句する僕に、彼女——ユキはきょとんとして、それから頭の上にある二つの三角耳をクシクシと触る。
「もしかして『これ』、つけ耳だと思ってた? ホンモノだよ? 触る?」
「いや、いい……けど」
「猫の姿になってもいいよ?」
「あ、いや……いい、です」
「そっか」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が場を包む。
二人きり。一両編成の小さな路面電車はほとんど貸切状態。
——朝のラッシュが過ぎてしばらく経った昼間、それも路線の大分端のほうまで来たのだ。だから、当然のこと。
それでも、車内を包む沈黙は、少し苦しくて。
「……ねぇ、カズキ」
ユキの声に、少しビクリとした。
「どこ、行くの?」
何処に行く宛もなかった、なんて言えなかった。
——学校に行けと交通費だけ持たされて家を追い出されて、乗り込んだ路面電車。けど。
「中学校、行かないんだ」
少女の言葉に、僕はわずかに頷いた。
外は雨だ。
さあさあと降りしきるそれに負けない重低音を立てて、路面電車は走りだし——。
『次は終点、大学前、大学前。運動公園へは、こちらでお降りください。本日はご利用くださり——』
テープレコーダーの自動放送と共に、減速する電車。
「……もう終点だ」
ユキが口にして、僕は俯いた。
ぎい、がたがたと音を立てて、終点の停留所に滑り込む。
「降りよ。終点だし」
「……いい」
「終点だよ?」
ツッコミに意を介さず座席に座って離れようとしない僕に、彼女は。
「……強情なの、変わらないね」
一言だけ笑いながら口にして。
金切り音を立てて停車した電車。がくんと僅かな衝動で揺れた体。ぴょこんと立ち上がったユキは、僕の腕を引いた。
「行くよ」
僕は思わず、息を詰まらせて下を向いた。
……そんな強引さに、その優しそうな微笑みに「彼」の面影を見てしまって。
泣きそうな顔なんてあいつには見せたくない。……下らないプライドだとは、わかってるんだけど。
降りしきる雨。傘もささずに僕らは歩く。手をつなぎながら。
「……どこ、いくの」
小さく尋ねると、ユキは「どこでも。……あー、でも」なんて言い淀んでから、立ち止まって少し上を見た。
つられて顔を上げると、小高い丘が見える。
「運動公園。ピクニックとかどう?」
「そんな天気でもないでしょ」
「お、ちょっと元気になってきたじゃん」
にひっという擬音が出るようないたずらな微笑み。僕は目をしかめる。
「どうしたのさ」
「……なんでも」
見れば見るほど本当にタカユキに似てて、なんだか不思議な気分になる。——生まれ変わりとか化けて出てきたなんて与太話が、もしかしたら本当なんじゃないか……なんて、勘違いしそうになるほどに。
……そんなわけないのに。だってあいつは。
空は暗く曇って、ザアザアと雫を落とす。陰鬱な空をぼうっと眺めて。
「カズキ」
僕を呼ぶ声。……濡れた肌に、温かさを感じて。
少し目線を下げると、腕にユキが抱きついていた。
「半袖なんだ、ワイシャツ。風邪引いちゃうよ?」
「いい。どうでも。……ユキ、だっけ。君こそ大丈夫?」
「他人行儀すぎない? ともかく、わたしはへーきだよ。だって猫だし」
そう言って、彼女はぴょこんと猫耳を震わせた。何が平気なんだか。
上着を持っていれば彼女に羽織らせてあげられたんだけど、生憎と持ち合わせてはいない。
「……離れて」
小さく言ってみると、彼女はくすっと笑って。
「やだ」
「歩きにくいんだけど」
「やーだ!」
あざといな……とは思いつつ、僕は軽く息を吐いて、引き離そうとするのをやめた。
「カズキっ」
ユキは人懐っこい笑みで僕を見上げる。
「なに……うわっ」
ぶっきらぼうに答える僕の腕を、彼女は無理やり引っ張って。
「遊ぼ!」
元気に走り出した。
……猫は猫でも、子猫みたいだ。とても元気に走り回る、人懐っこい子猫。まさにそうなのかもしれないけど。
引っ張られてつんのめりそうになりながら僕は、それでも追いつこうとして走った。
身体は細くて、長年の引きこもり生活で筋力もあんまりない。それでも、走ろうとしていたのだ。
何故か。わからない。けど。
「うん、タカユキっ!」
思わず口にした僕を見て、彼女はニコっと笑った。——まるで、あの日のあいつのように。
*
「はぁっ……はぁ……」
「楽しかったね、カズキっ」
息を切らして木陰に伸びている僕を見下ろして頬をつんつんしながら、ユキは一切息を切らすことなく笑いかける。
「ぜぇ……ぜぇ……こっちはすごく……疲れたんだぞ……」
「体力減っちゃった? 運動しなきゃだよ、もっと」
「無理だって……体育の成績がドベなの、タカユキも知ってたでしょ……?」
「えー、いいじゃん体育。サッカーとかすげー楽しいし」
「僕は苦手なんだよぉ……」
雨はなおもさーさーと降りしきっていた。
「カズキってさ、なんでこうなっちゃったの?」
僕の息が整ってきたのを見計らったかのように、ユキは僕に尋ねる。
「こう、って」
「なんというかさ、こう……元気、なくなっちゃったって」
ぎくっとした。見透かされているような気がして。
「……元から、じゃないかなぁ」
目をそらしながら答えると、ユキは「うっそだぁー」とまた僕の頬をつんっと触った。
「昔から——『おれ』がいたときは、もうちょっと明るかった気がするんだよな」
「気のせいじゃないかな? もう何年も経ってるし——」
「覚えてるよ」
食い気味に、彼女は言った。冷たい雨の音の中。
その声音はいままでの明るくて楽しそうなものとは少し違っていて。
「いままで忘れたことなんてない」
すごく真剣な口調で。
「……死んでからもずっと、君のことだけを考えてた。どんなところにいても、君にもう一度会うためだったらどんなことでも耐えられた」
何処か物憂げな声で。
「生まれ変わってからも、ずっと……ずっと、探してた。カズキのことだけ考えて……っ」
泣き出しそうな、息遣いで。
「だから……知りたい。カズキのこと、もっと。『おれ』が『わたし』になるまでのこと。今日までのこと……」
あいつらしくもない、弱気な声音で、彼女は。
「……ねぇ、教えてよ」
小さく尋ねた。
見上げると、彼女の頬には雫が垂れていた。それが雨粒なのかどうか、僕に知る由はない。
僕は息をつまらせて。
「お前の、せいじゃないか……」
震えた声で、小さく口にした。
「タカユキが、いなくなったから……っ」
誰とも話さない僕に、唯一話しかけてくれたのがあいつだった。毎日あいつとしか遊んでこなかった。家族や兄弟みたいに思っていた節さえあった。
あいつが目の前で車に轢かれた日から、僕は誰とも『話せなく』なった。どもる僕をクラスメイトはバカにした目で見ていた。
……心配してたのを勝手に脳内で変換していただけだったのかもしれない。そう思う日がなかったわけじゃない。でも、話すことが怖くて怖くて怖くて怖くて仕方なくて次第に誰とも話さなくなり家に出ることさえ怖くなって人間が怖くなって友達が怖くなって人付き合いが怖くなって何もかも怖くなって。
あいつの代わりに、僕がいなくなればよかったのに。
あいつのところに、いきたい。
でもできなかった。やろうとしても、うまくいかなかった。あいつと同じように交差点に飛び出しても、車は停まってしまった。
一人が怖かった。でも、一人じゃなくなって、また失うことのほうが怖かった。
「——もう僕は、だれともなかよくなんてなりたくなかったんだ……っ」
出てきた一言に、ユキは。
「つよがり」
一言だけ吐き、僕の額にデコピンした。
「声、震えてんじゃん。……カズキの怖がりさんめ」
今度は僕の頬をうりうりとつつく彼女。僕は寝転がったまま「僕のことなんて、わかんないくせに」とぽつりと吐き捨てる。けど。
「そうだね。わかんない。……でもさ、そう悲観して、怖がって、塞ぎ込んでたって、いい未来なんてきっと来やしないよ」
「わかってるよ! わかってる、つもり」
僕は上体を起こし、それから俯いた。
「……けどそれでいい。僕にいい未来なんて——幸せになる権利なんて」
「ない? そんなわけない。『おれ』の願いでしかないけど……カズキには、幸せになってほしい」
「そんなの……タカユキが思うわけ……だって、君にとって僕は、ただの」
——ただの、たくさんいる友達の一人。そう告げようとして。
「んなわけ無いだろ!」
ユキは、僕の肩を掴んだ。
「わたしが——『おれ』が、どれだけカズキを想ってきたか……っ」
「……そっちも、声、震えてんじゃん」
「あはっ、はは……お互い様、だな」
話題をそらすつもりの言葉に、彼女はニコっと笑った。……作り笑いなのがよくわかって、逆に胸が痛くなる。
「焦らなくていいよ。……でも……一歩ずつ。いつか、わたしと」
言葉を選ぶように、ユキはぽつりぽつりと。
「いつか、『おれ』と真っ直ぐに向き合ってよ。つよがりを捨てて、さ」
目を細めて、小指を差し出した。
「やくそく。しよ?」
優しい声に、僕は少し手を伸ばして、躊躇って……けど、小指を出して。
「……うん。……約束、だ」
口元を緩めた。絡めた小指の小さな温もりは、どんなものより暖かく感じた。
いつの間にか雨は降り止んでいた。
雨上がり特有の、ツンとした匂い。
雲の切れ間から、光が指していた。
びしょ濡れの僕らは互いの顔を見合って、徐々に雲が晴れていく空を見上げ。
「綺麗だね、カズキ」
「……そうだな。ユキ」
そんな事を言って、笑いあって。
「つぎ、どこ行く?」
尋ねるユキに、僕は立ち上がりながら告げる。
「どこでも。……きみとなら」
「ありがと。電車、乗ろ」
微笑んで歩き出すユキ。僕は透き通った空気を吸い込んでから、彼女の後ろを歩き始めた。
Fin.
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