黒魔女様はささやかに
「___このような女に国母たる王妃の資格などありはしない!お前との婚約を破棄する!」
ああ、ついにこの時が来てしまったのね。
なんてこと、実になんて____
くだらないわ!
「…はあ」
見飽きたわ。実に見飽きた光景ね。
皇室主催のパーティで裁判官気取りの皇太子と、その愛人が出てきて婚約破棄だなんて。
片手で額を押えながら椅子に深く腰かけると、ギシリと音が鳴った。
なぜなら私は。
「そんな、なぜ…わたくしは、貴方に尽くしてきましたのに…」
「何を言う!エルのことを散々に虐め、貶め、陥れただろう!忘れたとは言わせん!」
「なんの事です?そのようなこと、した覚えはありません!」
この公爵令嬢__ルージュ嬢は、今この瞬間、糾弾されている。
私は知っている。この状況も、視ていたが故に。
そして、この後の展開も。全て知っているの。
「お認めになって、ルージュ様!フィルも、このような、断罪のようなことはしたくないのです!」
「フィリップ殿下を愛称で呼ぶだなんて…エルマードさん、貴方…!」
「黙れルージュ!お前はこれ以上まだエルを傷付けるつもりか!この、傾国の悪女が__」
「あら、いつまで私は茶番を見ていればいいの?飽きたわ、実に飽き飽きしたわ!」
ひとつ、大きく手を叩いた、そこに佇む異様なる少女。
黒い装束で全身を包む様はまるで、葬儀か何かか__などと思わせる。
「おまえは…」
「!?」
皆が、その黒に目を寄せる。
その頭に乗せられたガーデンハットには黒く、大きな可愛らしいリボンが乗っている。
白く、清純さをも思わせるつけ襟の下には、漆黒のロングワンピース。
顔に掛けられたヴェールを揺らしながら、仕方あるまいと言わんが態度で悠然と立ち上がる。
「こんなつまらない私刑は無いわ。全くにセンスがない。もう少しトッピングを付けるべきね、私に飾り付けをさせてちょうだいな。」
「…エディー…ッ…。」
ルージュさま、泣かないで。
こんなにかわいらしいあなたの顔を、こんなにナンセンスなお芝居でぐちゃぐちゃにはしたくないもの。
視界の片端で小刻みに震える愛人?子羊A。名前は、そうね。覚えてないわ。
「…ぇ、なんで…そんなはずは」
そんな女を抱きしめる、鬼のような形相の狸。
「おまえ、おまえおまえ____ッ!!!塔から出てくるだなんて、なんという、皇室に対する、僕たちに対する侮辱なのだ!
___この魔女!醜女のくせに、出しゃばるなッ!!!」
醜女?
ええ、そうね。
は、笑えるわ。
「あら、そんなにお求め?わたしのこと。情熱的で嫌いじゃないわ。でもごめんなさい、心に決めた人がいるのよ。」
彼の目の前まで行くと、瞬きの間だけヴェールを捲ってみる。あら、国王陛下には少しばかり怒られるかしら。
まるでお魚のように口をぱくぱくさせる狸は無かったことにして。この舞台の中心に立ってご挨拶をしましょう。
「初めまして。わたしは誘惑の魔女___通称、黒魔女のエディンネス・トワイライト。このとおり、顔も明かさぬ狡い女ではありますが、どうぞ種明かしまではお付き合いくださいな。」
___そう、この世界にただ平和に生き続けるために、黒魔女様は抗わないのである。
_______その予定、である。