第一節 監視下の安アパート
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// 第一節 監視下の安アパート
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最近は仕事が好調で、帰りが遅くなることが多い。
俺の薄給でも残業代がつけば、コンビニ弁当に酒を買うくらいの余裕はある。
戦争で記念碑は失われてしまったが──神戸はかつて“八時間労働発祥の地”と呼ばれていたそうだ。
笑える話だ。
今の俺たちは八時間どころか、働けるだけ働かされ、それでも満たされることはない。
夜の街をとぼとぼ歩き、コンビニのビニール袋をぶら下げた手がじんわりと痺れていた。
灯りの落ちた商店街を抜けると、酔っ払いの怒鳴り声と、誰かのすすり泣きが遠くから混じって聞こえる。
壊れたネオンがちらつき、閉じたままの店のシャッターには古い落書きが残っていた。
この街はどこを歩いても、戦後の陰りが色濃く残っている。
やっと安アパートの前にたどり着く。
湿った壁と、ひび割れたコンクリートの床。
誰かが吐き捨てた煙草の匂いが、鼻にまとわりつく。
扉の前に立ち、生体認証ロックに指を当てる。
安っぽい電子音が鳴り、錠が外れた。
その下にあるのは、頼りない木の扉。
高度な認証と、貧相な材木──。
いつもこの組み合わせに、妙な矛盾を感じる。
戦後の治安悪化に対応するためだと政府は言っていた。
市民全員に配布されたこのシステムは、セキュリティを高めるための“公共インフラ”という触れ込みだ。
だが噂では──認証のたびに生活のログが吸い上げられ、
誰がどこで、いつ眠り、どんな暮らしをしているのか、
政府に逐一記録されているらしい。
六畳一間の安アパート。
玄関から見えるベッドには、布団の端から白い手が覗いていた。
朝と同じ場所。
「もう寝てるのか」
少し間を置いて、俺は苦笑した。
「……最近は仕事が忙しくて遅くなることも多い。
待たせて、ごめんな」
誰もいない部屋に帰るより、ずっとましだ。
そう思うだけで、疲れが少し和らぐ気がした。
俺は技術を持ち、定職にあり、給料でコンビニの飯と酒を買える。
冷え切った弁当でも、カロリーバーや栄養糊をすすってる連中から見りゃ、十分なご馳走だ。




