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貸出の檻  作者: メタル
第一章 幸福と呼ぶべきもの
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第三節 おばさんのドール化

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//  第三節 おばさんのドール化

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さっき契約を終えたばかりのこの“おばさん”も、例外じゃない。


俺の前の作業台には、いままさに“ドール化”の処理を待つ女性が横たわっている。

(本人の記憶を抜いて空っぽになった状態を、俺はドールと呼んでいる。)


年齢を重ねた身体は、若い娘のような張りはなく、ところどころに疲れや衰えが刻まれている。

それでも、爪先や髪にはきちんと手入れの跡が残っていて、彼女なりの誇りがまだ見えていた。

息をするたびにかすかな濁音が漏れ、その音が、この“おばさん”が確かに生きた人間であることを思い出させる。


戦場で俺が扱っていた兵士用義体は、すべてが機能のために設計されていた。

強化骨格に隙はなく、合成皮膚は光を受けて滑らかに返す。

あれは芸術品だった。


……だが、いま目の前にあるのは、ただの人間の肉体。

年齢を重ね、皮膚には衰えが刻まれ、呼吸のたびに胸がわずかに上下する。

完璧さとは無縁の、生々しさだけがそこにあった。


それでも金を積む連中はいる。

「人間らしい温もりが欲しい」「壊れやすい方がいい」――そう言ってな。


脳から人格を抜き、笑顔を貼りつければ、どんな女でも“商品”になる。

……だが本当に戻れるのか?

抜き出した意識は本当にシステムの中で保たれているのか?

端末に指をかけながら、俺は心のどこかで、その疑いを捨てきれずにいた。


目の前に横たわるおばさんは、麻酔で意識を失い、口の端から涎を垂らしている。

規則的な浅い呼吸だけが、人間としての証のように続いていた。


ふと、その瞳が半ば開き、白目をさらしているのに気づく。

不憫に思い、俺は指先でそっとまぶたを閉じさせた。

せめて眠っているように見せかけてやりたかったのかもしれない。


だがこのあと、俺の手で“ドール化”の儀式が始まる。


手順はこうだ。


まず衣服の回収。

貸出時の衣装は借主が用意する決まりで、持ち込まれた衣類は持ち主への返却対象になる。

毀損は厳禁――違反すれば現場負担でペナルティだ。

ボタンを外し、袖を抜き、裾を崩さないように整える。

タグを付け、返却袋に番号を合わせて封をする。


次に脚まわり。

パンストはとくに厄介だ。

汗と皮脂で腿に張りつき、少し強く引けばすぐ破れてしまう。

布を指先でつまみ、少しずつ滑らせて足首まで下ろす。

丸めたままでは返却できないから、皺を伸ばして袋に収める。


……どこか滑稽だが、最後まで気を遣わされる工程だ。


ここにいる時点で、もう落ち切った女だが

女という生き物は最後まで見栄を張る。

レースのブラウスにタイトスカート。どうせ裸にされるだけなのに、最後の最後まで飾ろうとする。

華美な下着、飾り立てられた衣類、リボン……

貸出という屈辱に追い込まれた女が、それでも“最も美しい自分”を残そうとする。哀れで、惨めで──それでも、意地の残り火が見える。


気づけば、眠る女を抱きしめていた。

麻酔で意識を失った身体は、力なく脱け落ちている。

温もりこそあるものの、だらんとした重みは「生きている女」というより、まるで人形を抱いたような感覚だった。


……人間を抱いたはずなのに、安心したのはその“人形らしさ”の方だった。


思い返せば、俺は昔から人形に惹かれていた。

妹の着せ替え人形を脱がすと、妙に胸がざわついた。

ショーウィンドウのマネキンが裸で立っていると落ち着かず、服を着せてやりたくなった。

戦場では等身大の戦闘人形の世話ばかりしていたし――今思えば、ずっと筋は通っていたのかもしれない。


女の哀れさに同情して抱いたつもりだった。

だが実際は違う。

俺は“人間”を求めたのではなく、都合のいい“人形”を抱きたかっただけなのかもしれない。


だが結局、抱きしめた腕をほどいて、衣服を外すしかない。

俺の役目は、この女を“ドール”にすることだ。

規則どおりにボタンを外し、袖を抜き、肌を露わにしていく。

わずかに感じた哀れさごと剥いでしまう。矛盾だとわかっていても、それが俺の仕事だった。


衣服を外すごとに、生活の痕跡が濃くなる。

香水の残り香。日常に染みついた汗と皮脂。

人形のように横たわる身体から立ちのぼるそれらは、「まだ人間だった」という証拠のように思えた。


若さも張りも失った四十代の身体。

それでも“下着姿の女”というだけで、否応なく「生活」と「時間」を想起させる。

布切れひとつが、家族や日常を連想させるのだ。


どんなに飾り立てても、最後は裸にされ、処理台に横たえられる。

そして“貸し出し用”として整えられる。

俺はその過程を鼻で笑いながらも、心のどこかで飲み込めずにいる。


最後に取り外した衣類を、返却用の袋に詰める。

ただの布にすぎない。だがそこには生活の温度が刻まれている。


戦時の記録を思い出す。

出征する兵士に、女が「私を忘れないで」と下着を持たせた話。

布切れ一枚に、存在を焼きつけようとした。


──それと同じだ。

ただの処理係にすぎない俺も、この布から“生きていた証”を刻み込まれてしまっている。


皮肉なことに、この布の持ち主こそ“戦地”へ赴く。

かつての兵士のように借り手のもとへ。

そして俺の元に戻ってくることは、もう決してない。


処理に入る前には、必ずバイオスキャナで全身の診断が行われる。

──富裕層にとっては高額な“商品”。欠陥は許されない。


スキャンが進むにつれ、年齢による劣化や機能低下が数値化されていく。

若さを失った部分は補正対象としてリスト化され、後の工程で修正が加えられる。

俺が戦場で扱っていた兵士用義体の完璧さとは比べるべくもないが、基準を満たせば十分だった。


続いて、生体プログラムの書き換えに移る。

専用の電極を体内の主要部位に接続し、反応や機能を再調整する。

筋肉の収縮力、分泌や循環の反応速度──。

兵士なら戦闘力を高める項目だが、ここでは“女性としての働き”を取り戻すために使われる。


かつて命を繋ぐための軍事技術が、今では“貸し出し用”の魅力を整えるために転用されている。


──それが、この時代の正気だった。


次に行われるのは、老廃物の排出工程だ。

規定の薬液を静脈ラインから投与すると、数分で反応が始まる。

体に残されたものが順に押し出され、透明な管を通って循環システムに回収されていく。

無機質な処理。そこに感情の入り込む余地はない。


麻酔で眠る彼女は、ただ横たわっているだけだ。

瞼は閉じられ、胸は規則正しく上下している。

呻きも抵抗もなく、排出は淡々と進む。


老廃物の処理が終わると、次は生殖機能の固定処置へ移る。

新たに投与された薬液が、子宮を強制的に刺激し、周期を一気にリセットする。

人工的に「最後の月経」を引き起こす仕組みだ。


そして薬は卵巣へ達し、活動を永遠に止める。

静かな爆ぜる音もなく、血の叫びもなく――ただ臓器が沈黙する。

その瞬間、彼女は二度と自力で子を宿すことはできなくなる。


しかし返却時にはクローン技術で“復元”される。

壊された臓器は新しい細胞に置き換えられ、表面上は若々しい器官として再生する。


──だが、それを本当に「元に戻った」と呼べるのか?

そこに残るのは、同じ形をした別物かもしれない。

本人も家族も気づくことはなく、問いただす者もいない。


こうして女は、生きた「商品」として整えられていく。

人間としての営みは停止され、ただ規格に合わせた機能だけが残されるのだ。


処置の過程で、子宮の収縮刺激が乳腺に波及し、母乳がにじむ個体がある。

本来なら新しい命に備えるはずの反応だが、ここでは誰にも必要とされない。

滴る白い液体は、生命の象徴であると同時に、この世界では“副産物”に過ぎなかった。


センターにはあらかじめ「乳母」として登録された女性が存在する。

金銭的に子を育てられない妊婦が、自らの体を糧に貸し出しへ応じるのだ。


“乳母オプション”は需要が高く、一部の利用者からは特別な嗜好品として扱われていた。

だが、その乳が赤子に与えられることは決してない。

消費するのは常に大人の側であり、母性さえも商品に変えられていく。


さらにセンターは別の選択肢を用意していた。

中年層の女性にホルモン調整剤を投与し、強制的に乳腺を開通させる「改造オプション」である。

擬似的に母乳を分泌させるこの施術は安価で済み、利用者の間で安定した需要を持っていた。


――まさに今、処理中のこの女もその“改造乳母”の一人だった。


俺の胸は重く沈み込む。

借主に届けるための“清浄”の工程だと分かっていても――、さっきまで愛おしいと思ったその女が、血と涙に塗れて抜け殻のように揺れている姿は、見る者を容赦なく突き落とした。


次は洗浄の工程だ


端末に洗浄開始のコマンドを入力すると、モニターにカウントダウンが表示される。

俺は作業台から一歩下がり、壁際に身を置いた。


処理台の床面は網目状に設計されている。

いま溜まっている血や汚物、薬液の残滓も、噴射が始まれば一気に排水口へ流されるだろう。


カウントがゼロになると同時に、洗浄装置が作動した。

ノズルから高圧の洗剤水が噴き出し、女の体を隅々まで叩きつける。

赤黒い汚れが泡立ちながら剥がれ落ち、網目の隙間から吸い込まれていく。


続いて消毒薬が全身を覆い、刺激臭が処理室に広がった。

皮膚の上を流れる液は無機質で、そこに“人間”の気配はもう残されていなかった。


やがて噴射が止まり、台の上に残ったのは――汚れ一つない、ただ清められた肉体。

ついさっきまで血と涙に塗れていた女の姿は、白い光に照らされた“商品”へと変わっていた。


記憶消去のプロセスを開始すると、処理台の機構が作動した。


頭部を左右から固定するアームが降り、女の首と顎を確実に押さえ込む。

カウントダウンと同時に、微細ドリルが回転を始め、頭蓋骨に数か所の穴を穿った。


切削粉は吸引ラインに回収され、滅菌処理される。

数秒後、露出した硬膜に沿ってプローブが正確に挿入されていく。

自動制御のアクチュエータが角度を微調整し、電極の先端が神経束に触れるとモニターの波形が揺れた。


「接続確認、良好。」


抽出ユニットが作動し、記憶データが断片ごとに読み出されていく。


「人格吸出し率、九九・九九九パーセント……」

「百パーセント」

「元人格、消去完了しました」


機械音声が淡々と告げる。

国やメディアが信じている“完璧なシステム”の証だ。


――だが俺は疑っている。

本当に、人格は百パーセント抜き出せたのか?


画面には「吸出し率100%」の表示。

数字は揺るぎない。システムも異常なしと告げている。

……だがその一瞬、波形の端に微かな揺れが走った。


電気的なノイズかもしれないし、俺の目の錯覚かもしれない。

──いや、そもそも“100%”なんて、本当に測れるのか?


プローブが拾ったのは脳の電気信号にすぎない。

記録されるのは数値だけで、意識そのものの全てじゃない。

残りカスや、言葉にできない何かが抜け落ちていても、誰にも確かめようがないのだ。


「……気にしすぎか」


そう呟いて端末を閉じる。


俺は息を吐いて、保存完了の確認を押す。

最後に頭部の補修。クローン細胞で傷を塞げば、跡は何ひとつ残らない。

表から見ればただの安らかな寝顔。だがその内側は、すでに“商品”に書き換えられている。


体の持ち主の意識を吸い出した後は、レンタル用人格プログラムの書き込みだ。

端末に表示されるオーダーリストを眺め、思わず鼻で笑う。


「……はいはい

体の反応は二十代相当まで強化。

性的機能を強化。

生殖機能の調整は抜かりなく──っと」


「やれやれ。どのオッサンもワンパターンだな。自分だけの女が欲しいって顔しながら、結局はカタログ通りの改造品。くだらねえ」


端末から視線を外し、冷めきったブラックコーヒーをひと口すする。

舌に広がるのはただの苦味だけ。


かつて戦場では英雄を造っていた技術が、今では中年女を“いい雌”に仕立てるための道具になっている。

進歩したのか、堕落したのか……答えなんざ考えたくもねえ。


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