第二節 戦争の残滓と制度の誕生
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// 第二節 戦争の残滓と制度の誕生
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曇り空の下、バスに揺られてたどり着いたのは、灰色のビル群の一角だった。
何の看板も掲げられていないその建物は、外から見ればただの廃ビルにしか見えない。
駅前の自販機で買った缶コーヒーを机に置き、椅子に腰を下ろす。
口に含んだ瞬間、ぬるい苦味が広がり、思わず吐き捨てるように呟いた。
「戦争が終われば楽になる? ……笑わせるな。」
かつて俺は従軍していた。最前線の兵士じゃない。
補給所で義体の手足を運び、臓器用クローンを冷凍庫に並べる。
誰にでもできる、汗と血の匂いにまみれた雑用係だった。
担架で運ばれてくる兵士の大半は助からなかった。
俺の隣で何人死のうが、俺の仕事は変わらない。
ただ無言の部品を次の作戦のために揃えるだけだ。
それでも不思議なことに、死にゆく兵士の顔よりも、冷たく横たわる義体の顔の方が人間らしく見えた。
戦場の中で唯一、安心を覚えられるのは人工皮膚の冷たさだけだった。
だが戦争が終わり、平和が訪れると、俺たちはあっさり切り捨てられた。
一部の高官は「戦争犯罪」の罪を被せられて処刑台へ。
そう考えれば、職を失っただけの俺はまだ幸運だったのかもしれない。
だが政府も完全に見放したわけじゃない。
戦場で培ったバイオ技術を民間へ転用し、新たな仕組みを作り上げたのだ。
その名も――「期間契約ドールシステム」。
マスコミは「軍事技術を維持するための隠れ蓑だ」と囁いていたが、俺に言わせればどうでもいい。
これで食えているんだから、政府様様だ。
そしてこのシステムは表向きに、もっと小洒落た名前が付けられている。
──政府公認 女性生活支援プログラム──
フェミナ・ライフサポート
仕組みは単純だ。経済的に行き詰まった女性が、自分の「身体」だけを国に預ける。
そのあいだ本来の人格は脳から分離され、政府のシステム上に安全に保存される。
空になった脳に“利用者”の望む形の人格が書込まれ提供される。
カタログには「家事支援」「教育補助」なんて肩書きが並んでいる。
だが実際の利用者が求めているのは、そんな表向きの役割じゃない。
ある者は“理想の愛人”を一時的に持つために。
ある者は妻に隠して“第二婦人”として家に置くために。
ある者は「家族の一員」として登録し、食卓に座らせる。
フェミナはあくまで「期間契約」として整えられている。
だからこそ、利用者たちは罪悪感なく契約を結び、必要がなくなれば返却すればいいと割り切れる。
女性本人も「自分は寝ていただけ」と言い訳できる。
こうして成り立つ矛盾こそが、システムの巧妙さだった。
契約は最短一週間から最長五年。
そのあいだ本人は眠り続け、家族には報酬が支払われる。
契約が終われば保存された人格が戻され、女は何事もなかったかのように日常へ帰る――そういう建前だ。
なぜクローンやアンドロイドではなく、わざわざ“本物の人体”を借りるのか?
理由は簡単だ。
合成皮膚も血液も、技術がどれだけ進んでも「生きている感触」を完全には再現できない。
いつの時代も富裕層の一部は、そうした偽物ではない“生もの”にしか価値を見出さない。
温もり、震え、そして壊れやすさ。
それこそが、彼らにとっては最高の贅沢らしい。
浮気や愛人関係には、常にリスクがつきまとう。
嫉妬や束縛、望まぬ妊娠、家庭崩壊の危険。
だがフェミナなら、その心配は一切ない。
愚痴も言わず、理想通りに振る舞い、契約が終われば「なかったこと」にできる。
富裕層の連中にとっては、これ以上ない安全で都合のいい愛人契約なのだ。
さらにフェミナには「売り切り」という契約もある。
これは他人に貸すのではなく、自分のために自分の身体を手放す仕組みだ。
富裕層の女性が若さを保つため、自身のクローン身体へと意識を移し、元の肉体をまるごと捨てる。
表向きは「老いからの解放」。だが現実には、不老不死にはほど遠い。
クローンの脳はオリジナルと微妙に異なり、乗り換えを繰り返すたびに差異が蓄積する。
結果として精神は劣化し、いずれ崩壊する――技術者の間では「限度は三回」と言われる。
それを超えれば、若い外見のまま痴呆に沈む未来しかない。
またその時不要になった肉体は、公式には“焼却処分”とされる。
──建前はな。
あるものは臓器ブローカーに流れ、切り分けられて冷凍ケースに並ぶ。
地下施設に沈められ、“名前のないドール”として短いあいだだけ利用されるなんて事もある。
さらに狂った富裕層の中には、かつての知人や家族の肉体を“コレクション”にして飾る者もいるという。
ガラスケースに立たされた肉体は、もはや人間ではなく「所有物」にすぎない。
──最も奇妙だと囁かれるのは、富裕層の奥様方にまつわる噂だ。
“売り切り”で手放したかつての自分の身体を、わざわざ買い戻して手元に置くという。
空っぽになった彼女たちの体は歳を重ねてこそいたが、その佇まいはなお気品に満ちていた。
老いてもなお美しいと評されるその体を並べて飾り、慈しむ。
ある者は、その肉体に衣服を与え、季節ごとに着飾らせる。
ある者は、鏡のように向き合い、かつての自分に微笑みかける。
時には抱きしめ、まるで大切な伴侶に触れるかのように寄り添うことさえあるという。
それは彼女たちにとって「過去の自分」を愛する行為であり、誰にも奪えぬ誇りでもあった。
外から見れば異様な光景。だがそこには、確かな愛と静かな狂気が同居していた。




