第四節 夕食と眠り
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// 第四節 夕食
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夕食の時間。
テーブルの上には二人分の皿を並べた。
美咲の前にも料理を置くけれど、彼女がそれに手を伸ばすことはない。
ただ座っているだけ――けれど、それだけで「妻と食卓を囲んでいる」錯覚が、俺の胸を温めてくれる。
俺はひとりで箸を動かしながら、ときおり彼女に話しかける。
「今日は暑かったな」「あの番組、また続きやるみたいだぞ」
返事はない。
それでも声に出すことで、食卓は確かに二人のものになった気がした。
やがて片付けが終わると、避けては通れない作業に移る。
クローン用に市販されている栄養食と補給用の水。
俺はそれを計量カップに移し、漏斗を使って美咲の胃へと流し込む。
表情ひとつ変えずに受け入れる彼女。
けれど、その姿を目にするたび、胸の奥がひどく軋む。
――一緒に同じ食事を楽しみ、笑い合いながら味を語り合えたら。
そんな当たり前の光景を思い描くほどに、この現実が残酷に突きつけられる。
排泄の補助よりも、この「与える作業」の方が辛いのかもしれない。
それでも、やらなければ彼女は生きられない。
愛しているからこそ、俺は今日も漏斗を手に取る。
食後の食器を流しに運び終え、テーブルを片付ける。
美咲は食卓に残されたまま、相変わらず静かに座っていた。
「ごちそうさま、美咲」
声をかけても、もちろん返事はない。
それでも、そこに彼女がいるだけで、食卓は“二人の場所”に思えた。
リビングに戻り、テレビをつける。
ニュースが終わり、深夜番組が流れ出す頃には、部屋はすっかり夜の気配に包まれていた。
俺は美咲の肩を抱き寄せ、ソファに並んで座る。
彼女は何も語らず、ただ寄り添っているだけ。
けれどその無言のぬくもりが、俺にとっては何よりの安らぎだった。
やがて時計の針が日付を跨ごうとする頃、俺は美咲に向かって小さく声をかけた。
「……そろそろ寝ようか」
車いすに移し、寝室へと運ぶ。
ベッドの端に腰を下ろさせ、ゆっくりと体を横たえる。
ベッドに横たえた美咲の横顔を見つめていると、指先が自然と頬に触れてしまいそうになる。
柔らかな唇に口づけたい衝動も、胸の奥には確かにある。
……けれど、今はしない。
俺にとって美咲は、ただ“そういうために置いている”存在じゃないのだ。
明日は朝から仕事だ。
だから今は、彼女の隣で静かに眠ることを選ぶ。
「……おやすみ、美咲」
小さく囁いて布団に潜り込む。
隣には言葉を交わすことも、夢を語り合うこともない“妻”が眠っている。
けれど、この静かな時間こそが、俺にとっての救いであり、幸せだった。
小さな声でそう告げ、俺はそっと目を閉じた。
「おっと、美咲も寝ないとな」
おれは美咲の顔に手をやり目を閉じてやった
「……まるで本当に眠っているみたいだな」
明日になったら目を覚まさないだろうか?
朝飯の味噌汁を作っている後ろ姿を想像しながら眠りにおちる...




