第ニ節 臨時司令本部
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// 第二節 臨時司令本部
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――臨時司令本部
本来の司令部は三日前、敵巡航ミサイルの直撃で機能を失っていた。
中部方面隊司令部――伊丹駐屯地。
関西戦線の中枢だったその建物は、防空網を掻い潜ったミサイルによる空爆で本館が崩落し、
建物内で指揮を執っていた幕僚や通信要員の多くが、瓦礫の下に消えた。
生き残った将兵は、火と煙の中を縫うようにして脱出し、伊丹から辛うじて退避した。
そして、近隣の川西駐屯地の自衛隊病院――
その地下備蓄エリアにかき集めた通信機材や簡易卓や野戦端末を持ち込み
“臨時司令本部”として機能を再構築した。
白いタイル張りの無機質な空間に持ち込まれた通信機器が並べられ配線が床を這い
仮設のモニターが低い唸りを上げている。
発電は病院の独立電源と、駐屯地の補助電源で賄われていた。
その簡素な指揮スペースに、将官が一人、静かに立っていた。
制服の襟は破れ、左肩の階級章は失われ、袖には乾いた血の跡と煤がこびりついている。
それでも、その背筋だけは折れていなかった。
その将官――臨時司令本部 指揮官となった男のもとへ、通信担当士官が駆け寄る。
「し、司令……!
内閣安保対策本部から……最高レベルの暗号電文です!」
読み上げた副官の声は震えていたが司令官は頷いただけだった。
「……内閣の決定だ。
国民の総意として受領する。」
司令官はようやくそう言うと深く、重く息を吐いた。
管制卓に座っていた担当士官は、
仮設机に向かったまま、身動きもできずにいた。
制服の袖口は破れ、
避難の際に負った細い切り傷が、赤黒く滲んでいる。
「……本当に、実行するのですか。」
かすれた声が沈黙を破った。
司令官はその問いを叱責しなかった。
皆が同じことを思っていたからだ。
「命令は、既に国家の意思として確定している。
躊躇は許されない。」
「しかし――!」
「これは、我々が選んだ道だ。」
司令官は、机に置かれた国旗章に目を落とす。
「内閣は国民に支持されている。
その決定は、我々の感情とは関係ない。」
担当士官は目を閉じ、肩で息をした。
小さく震える手を、司令官が見つめる。
「指令を発令する。」
司令官の声は低く、だがはっきりしていた。
「はい……」
担当士官は座り直し、震える指をキーボードへ置く。
“コードAAA-04-βを実行せよ、ニイタカヤマノボレ”
送信完了のランプが、
仮設ライトよりも弱い光で一度だけ点滅した。
暗号電文が送信された瞬間地下壕の空気は凍ったように静まり返った。
誰もその意味を説明しようとはしない。
だが全員が知っていた。




