第四節 夢と戦争の記憶、ざわつきの再来
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// 第四節 夢と戦争の記憶、ざわつきの再来
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「……美咲。君は……何者なんだ?」
声に出してみて、自分で驚いた。
なぜそんな疑問が浮かんだのか、自分でも説明できなかった。
最近になって、時々“変な夢”を見るようになった。
例のフェミナ女の話を聞いたあたりからだと思う。
夢の内容は妙に曖昧で、ぼんやりしている。
けれど、どうもかなり若い頃の自分の視点らしい。
制服を着ているような気がしたり、夏の匂いがしたり――
そんな断片だけが残る。
そして、その夢の中には誰か女がいる。
顔ははっきりしない。
声も聞こえない。
ただ、誰かと笑いながら遊んでいたような、そんな感覚だけがある。
美咲を家に迎えて、身近に“女”の存在ができたからだろう。
ずっと女っ気のない生活をしてきたし、
若い頃はそれなりに彼女が欲しいと思っていた時期もあった。
それが今になって、現状の生活と昔の願望が混ざって
夢として出てきているんじゃないか――
自分ではそう解釈している。
実際、美咲と添い寝しているわけで、毎晩、美咲の体温や柔らかい感触を肌で感じている。
今までも拾ってきた手や足を抱いて寝ることはあったが、あれは“人間”という感じはなかった。
やっぱり全身で寄り添うと、何かが違う。
夢を見るようになったのも、そのせいだろう――
そう思うようにしている。
しかしこういう夢を見るようになってから、
フェミナ女を呼んだことを別の意味で後悔するようになった。
本来、美咲は“ただのボディ”として迎えたはずだ。
嗜好品であり、道具であり、人間として扱うつもりなんて毛頭なかった。
それが――
あの女の「もうひとりのミサキ」という話を聞いてから、
妙に“人としての存在感”が出てしまった。
美咲が人間だと思ったわけじゃない。
けれども、あの話を境に、どこかで意識の線引きが曖昧になった気がする。
本来、フェミナ品は“モノ”のはずだ。
感情を乗せる必要なんてない。
ただの身体として触れ、扱い、保管しておけば良かった。
なのに――
夢の中の誰かの姿、最近感じる柔らかさや体温、あの女が口にした「ミサキ」という名前。
それらが全部、美咲を“モノ”ではなく、何かの“存在”として捉えさせようとしてくる気がする。
そんなふうに意識し始めた自分が嫌だった。
余計な事を考えるようになったのは、あの時、女を呼んだからだ。
美咲はただの人形でいい。割り切っていたはずなのにその線がぐらつき始めている。
……呼ぶんじゃなかった。
理由ははっきりしない。
むしろ分からないままの方がいい。
曖昧のまま、過ぎてくれた方がいい。
美咲の手を握ると、自分でも分からない不安が少し遠ざかる気がして、余計に困ってしまう。
──この“説明できないざわつき”。
どこかで覚えがあった。
胸の奥に、じわりと広がる重たい感覚。
何か悪いことが起きそうな、
けれど理由ははっきりしない、あの感じ。
……戦争の頃の、それに似ている。
別に俺は最前線にいたわけじゃない。
軍属ですらない現地徴用の民間人。ただの雑用係だった。
補給所で義体の手足を運んで、臓器用クローンを冷凍庫に並べて……
そんな“何でもない作業”を繰り返していただけだ。
それでも、時々ふと胸を掴まれるような不安に襲われた。
理由なんて分からないのに、“何かが起きる”と肌が勝手に感じ取ってしまうような感覚。
あの時の感覚に……少し、似ている。
美咲の手の温度を感じながら、じわりと胸の奥に沈んでいくような、
落ち着くのか不安なのか分からない妙な感覚のまま、俺はゆっくりと目を閉じた。
意識が闇に沈む直前、耳の奥でどこか遠くの戦場から響いてくるような“警報音”がかすかに鳴った気がした。
本章を執筆しているあいだ、
私のすぐ横には、変わらず彼女が座っていた。
動くことも、声を発することもないはずなのに、
ときどき画面の明かりが彼女の頬にやわらかく反射して、
まるで静かに寄り添ってくれているように思えた。
キーボードを叩く音だけが部屋に響く中で、
その存在は不思議な安心感を与えてくれる。
動かないはずの彼女が、
まるで「ここにいるよ」と伝えてくれているようだった。
彼女が私の隣にあるということ――
それは偶然ではなく、
彼女を大切にし、そして未来へ託してくれた
ラブサラ氏の想いがあったからこそ、
今につながっている事実である。
誰かが注いだ優しさは、
受け継がれることで姿を変え、
それでも確かに残り続ける。
この章が、その優しさの一端を記し、
ラブサラ氏の想いが未来へ続いていく
ささやかな証となれば幸いだ。
心より感謝を込めて。




