第一節 日常と人形としての美咲
――本章を、その優しさを未来へつないでくれたラブサラ氏に捧ぐ。
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// 第一節 日常と人形としての美咲
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美咲を家に迎えてからは、仕事のない休日には美咲と一緒に過ごす事が多くなった。
俺にはこれといった趣味があるわけではないので、パチンコやゲームをして過ごすことが多かったが最近は美咲の服をネットで探したり、ヘアメイクを考えたりメイクをしたりして過ごしている。
美咲はただの人形ではないので、毎日風呂に入れてやらないといけない。
それにメイクしっぱなしは肌に良くないため基本的に毎日落とす必要がある。
そのため平日はノーメイクにしていることが多い。だからせっかくの休日は朝からメイクをして綺麗な美咲にしてやるのが休日の定番になっていた。
朝飯を一緒に食べて(一緒に――と言っても、美咲は何も食べないし、喋ることもないが)からメイクや新しい服を試したりする。
上手く盛れた場合は誰に見せるわけでもないが写真を撮って楽しんだりもする。美咲のボディはグレーな代物なのでSNSに投稿する事はできないし
おばさんドールの写真なんて見たい物好きはそんなにいないだろう。
着せ替え人形をひとしきり楽しむと床下に座らせて、一緒に配信動画を見てのんびり過ごすことが多い。
成人女性サイズの人形の着せ替えはそれだけで中々の重労働ということもあり、1,2枚着せ替えしたら体力的な限界が近づいてくることがわかる。
ニットや前開きの簡単な服は着せやすいがタイトめの作りの服は着せるだけで大変だ。
とはいえ色々な服を着せ替えるのが楽しいわけで色んな衣装を購入してしまっている。
定番のナース服やセーラー服などの制服系も買ってみたが……
まぁ、悪くはない。オバサンにセーラー服?と思うかもしれないが良いものは良いのである。
ところでこういう“人形と暮らす奴ら”は一般にはあまり知られていないが、世界中を探せば意外と人口が多い。
ビスクドール――要するに着せ替え人形の類は19世紀のブルジョワ階級の貴婦人たちの高級な趣味であったが、
今は手頃な値段で始めることが出来るので小型のドールを愛でる愛好家は男女共に多く趣味としては一番健全な部類だろう。
(とはいえ最終的には高価な趣味になることは多いのだが。)
愛好家が集まるイベントも多く開催されているしSNSでの活動も賑やかだ。
全体的な人数は小型のドール愛好家よりかなり少ないが、人形のサイズが実際の人間と同じ“等身大“と言われる大型の人形の愛好家もそれなりにいる。
等身大人形は戦前まではシリコン製のリアルマネキンや、大型の球体関節人形が主流だったが、今ではほとんどが電動のアンドロイドだ。
歩くし喋るし飯も食わない。合理的で日常的な生活環境でも扱いやすい。
戦前の旧型シリコンドールを大事に保管するマニアもいるがもはや歴史資料みたいな扱いだ。
等身大の中でも富裕層向け…… 現在のビスクドールと言えるのがAIクローン人形といわれるサイバネティクスクローン人形だ。
ボディの多くをクローニング技術で作成し制御用の機器とAIを埋め込んだ人造人間。
かなりの高額だが実在の人間を元にしてクローンを作成しするので、クローン元の本人そっくりに動き、人格や癖まで模倣する。
“本物に近い偽物” としては最高峰の出来だ。富裕層のオヤジどもが愛人の代わりに連れ歩くのがステータスの一つとなっているらしい。
……だが、クローンという技術自体がもうすでに十分ヤバい。
表向きは本人の許可が必須で、クローン作成には厳しい規制もある。しかし実際には、闇側でいろいろと暴走している。
アイドルや女優といった芸能人を無許可でコピーした“非正規クローン”が作られ売られたり、隣の奥さんをこっそりスキャンしてコピーするクローンストーカー事件が後を絶たなかった。
そういった非正規クローンは摘発されないように短期間で破棄したり、秘密クラブのようなところで秘密裏に“使用“されるようだが、“破棄”方法が杜撰で死体遺棄事件と勘違いされたニュースが一時期頻繁にあったくらいだ。
つまり——
AIクローン人形は便利で先進的に見えるが、その裏側は人間の闇と隣り合わせの危険な技術だ。
しかし、そんなクローンでさえ、まだ“造り物”工業生産品の範疇でブラック寄りのグレーといった代物の域を出ない。
最もコアでグレーな存在――
俺のような“フェミナ品”のオーナー。
フェミナオーナーが所有するドールは母親の体から産み落とさせ子供時代を過ごし、人間として成長した本物の人間の体を“人形”として所有している連中だ。
人形となった今は瞬きもせず、口をぽかんと開いて涎を垂らしている存在だとして、昨日までは普通に暮らしていた人間そのものなのだから、ヤバさはピカイチである。
しかしフェミナ品が丸ごと流通すること自体がかなり稀なので必然的にオーナーの人数は限られている。
フェミナ品というのは、クローンでも人工物でもない。“売り切り契約”で身体を乗り換えた金持ちの元の体だ。
記憶は新しい身体へ移動していくが、残る方の肉体も紛れもなくその人“本人”その物。
だからこそ、多くの金持ちは自分の身体を流通させたがらない。本来乗り換え後のボディは破棄される。
それを一部の業者が横流しして、いくらかの金にするわけだ。
とはいえ、婆さんが若返るために契約する例が多く、出てくるのは大抵“年季物”だ。
見栄えの良い個体は、本人が持ち帰って自宅で自分を展示するようなやばいケースもある。
年齢を理由に乗り換えたとはいえ、エステや食生活で綺麗に保っていた自慢の体なのだろう。
捨てるには惜しいのがわかる気がするが、自分の体を外から眺めるのはどんな景色なのだろう?
いずれにせよ正規ルートではほぼ流通などしていない。
だから顔を出してSNSをやっているオーナーなどまず存在しないから、実際のユーザ層はよくわかっていない。
それにフェミナ品は身の割の世話や諸々の手間がかかる。
あえてこのめんどくさい遊びを選ぶ奴が少ないのも当然だと言える。
アンドロイドなら飯も食わないし、排泄もしないし、着替えも自分で出来る。
AIクローン人形も高額だが勝手に動いて身支度なんかは自分ですることができる。
美咲は――何もできない。
だから俺がすべての身支度をするわけだ。
着替え。
風呂。
排泄。
メイク。
ヘアアレンジ。
体型維持のカロリー管理や、季節ごとの体調ケアまで。




