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貸出の檻  作者: メタル
第七章 愛人形-ラブドール
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第一節 ジャンク街の呼び声

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// 第一節 ジャンク街の呼び声

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俺は相変わらず、変わり映えのしない仕事を続けている。

もっとも――決して一般的な仕事ではない。

女の記憶を消したり戻したり。時には傷んだ手足を切断し新しいのを取り付ける。


ある意味、女慣れはしている。

だが特定のパートナーはいない。


家に帰れば、待っているのは“女”全体ではなくパーツばかりだ。

机の上には、切り離された腕。

棚には、足首から先。


フェミナでは返却時に傷んだ体のパーツをクローンで置き換えるため、定期的に廃棄品が出る。

本来なら持ち帰るのは規則違反だが、俺はそれをコッソリ持ち帰り、手を握ったり肌の質感を確かめたりしている。


ばかげた行為なのは分かっている。

だが、それしか“女”を感じる術はなかった。


フェミナ職員の給料ではフェミナを借りる余裕などない。

ましてやクローンを買うなど高嶺の花だ。

だから俺は考えた。

拾い集めた部品をメカで組み合わせて、“人らしきもの”を作ってみようと。


そうして、大阪のジャンク街へ足を運ぶことにした。

何か、いいものが眠っている気がしたのだ。


俺は戦前の電気街――かつて“でんでんタウン”と呼ばれたエリアに行ってみることにした。

メトロをいくつも乗り継ぎ、ようやく辿り着いた入口に立つ。


そこは、もはや一般人が立ち入ることはほとんどなくなった街だった。

アスファルトは割れ、看板は褪せ、ネオンはところどころでチカチカと瞬いている。

だが、この場所にはまだ“生き残っている”ものがある。


クローンのパーツ、ジャンクアンドロイド……。

怪しいものは何でも揃う――そう言っても過言ではない。


俺は足を踏み入れた。

何か、俺の空虚を埋めるものが、この街の奥に眠っている気がした。


実際に街を歩くと、この世の中はVRや立体映像で溢れているはずなのに、

ここには戦前のレトロゲームや、埃をかぶった模型、紙の書籍といった古典的なものがまだ残っていた。

そればかりか、高性能プロセッサや大容量メモリーといった最新部品まで雑然と並んでいる。

どうやら、コアなエンジニアたちがひっそりとお忍びで通う場所でもあるらしい。


俺は人形パーツを扱う店をいくつか回ってみた。

どの店も、棚に置かれているのは腕や足の末端パーツばかり。

家に転がっているものと大差のない在庫で、俺の欲求を満たすものではなかった。


奥の方には、故障したアンドロイドも売られていた。

だが、そのどれもが深刻な欠陥を抱えていて、修理するにはあまりに面倒そうな代物ばかりだった。


ため息をつきながら、俺はまた別の店へと足を向けた。


そもそも、ボディのパーツというのはグレーな存在だ。

クローン技術が当たり前になっているとはいえ、元は“人体”の一部であることに変わりはない。

中には明確に規制対象となるものもある。

だからこそ、面白い物がおっぴらに店頭に並ぶことは滅多にないのだ。


表通りを歩き回ったが、収穫はほとんどなかった。

そこで俺は、古びた暖簾を下げたカレー屋に入ることにした。


セルフサービスの小さな店舗だが、この界隈では人気があるらしい。

『光速カレー』という、この界隈らしくて妙にしっくりくる名前だ。

ここは昔から、ジャンク街の職人やブローカーが腹を満たしつつ情報を交換する場所でもある。


どんなパーツが今どこに流れているか。

どの倉庫に、どんな“在庫”が眠っているか。

そういう会話が飛び交うのだ。


カレーにトッピングをしていると、客同士の会話が耳に入ってきた。


「あれ、フェミナ品だろ? ヤバいやつかな」

「いや、さすがにおばさんドールはなぁ」

「マニア向けすぎるだろ。ライセアはたまにヤバいの置いてるよな」

「それだったら、クローンのギャルの方がいいな」


くだらない笑い声が続いた。

俺はカレーを頬張りながら耳を澄ませていた。

――フェミナ品。

この街でそう呼ばれるものは、ただのジャンクではない。


しかも、今の言葉に出てきた店名。

「……ライセア、か」


名前だけは知っていた。

一見ただの古道具屋だが、ジャンク街では裏ルートの窓口としても噂されている。

表に出せない品が流れ込み、そこからまた別の倉庫へと消えていく。

俺のような“探し物”をしている人間にとっては、どうしても避けて通れない店だ。


カレーをかき込みながら、胸の奥で妙な高鳴りを覚えていた。

まるで、何かが俺を呼んでいるような気さえした。



“ライセア”。


路地裏の角にひっそりと建つその店は、一見するとただの古道具屋だった。

色褪せた看板には、かつての電気街にありがちなフォントで「ライセア」とだけ書かれている。

店先に並んでいるのは、古びたラジオや壊れかけの模型、レトロなゲーム機。

誰がこんなものを買うのか分からないガラクタばかりだ。


俺は暖簾をくぐり、埃っぽい空気の中へと足を踏み入れた。


その店は、表向きは古道具屋を装いながら、実際にはフェミナ流出品や

裏業者から流れてきたパーツを扱うことで知られていた。

「フ〇ミナ流出品?」と札のかかった機材や、

使い道の分からない人体部品が無造作に積まれている。


奥に進むと「ジャンク品」と書かれた区画があり、

そこだけひどく静まり返っていた。

棚にはバラバラのアンドロイドの躯体や、

記録消去済みのクローンの頭部が並んでいる。


――その中で、俺は足を止めた。


半透明の保管ポッドの中に、ひとりの中年女性が眠っていたのだ。

髪は乱れ、肌の艶も薄れている。

だが外見に目立った損傷はなく、ポップにはこう記されていた。


・人格完全消去済み

・現状渡し、保証なし

・返品不可


間違いなく“人形”だ。

だが俺は、その顔から目を離せなかった。


若作りしたクローン女を部屋に置くよりも、

この疲れたような表情の女の方が――何故かしっくり来る気がした。


理屈ではない。

ただ、どうしても手元に置きたいという衝動が胸を満たしていった。


――が、すぐには手を伸ばせなかった。

金は心許ない。今月の家賃、光熱、水道、保存食。配送費だって馬鹿にならない。

センターの規則違反は“パーツ”までにしておくべきで、“全身”はさすがに一線を越える。

近所の視線は? 伝票の品目は? 置き場所は? 排泄、栄養、消耗品……

頭の中で、現実の計算が次々に赤字を積み上げていく。


それに、これは誰かの人生の残り香だ。

俺が触れるのは在庫か、人か。

いままで握ってきた“手首”とは違う。ここに横たわるのは、ひとつの「体」で、

俺はそれを自分の部屋へ連れて帰ろうとしている。


やめろ、と理性は言った。

欲しい、と孤独が言い返した。


しばらく立ち尽くした末、答えはとっくに出ていたと悟る。

後悔は、たぶんする。だが、今ここで見過ごした後悔の方がずっと長く残る。

決して衝動買いではない、これは戦略的衝動買いなのだ。


俺はなけなしの金をかき集め、

その“おばさんドール”を購入することに決めた。


店主に声をかけた。


「……これ、いくらだ?」


店主はちらりと視線を寄こし、肩をすくめて笑った。

「お客さん、こんなのが気になります?

正直ねぇ……仕入れたものの、おばさんドールなんて誰も欲しがらなくて困ってたんですよ。

安くしときますから、持って行ってくださいよ」


「持って帰るのは無理だ。配送はできるか」

「もちろん。うちはその辺も慣れてますからね。明日には届きますよ」


端末に金額が表示される。

俺の口座残高は一気に赤に近づいた。

暫くは保存食だけで過ごすしかないだろう。


それでも、俺は迷わず支払いを済ませた。

受領サインを入力し、店を後にする。


外に出ると、ネオンの光が滲んで見えた。

高揚なのか、不安なのか。

胸の奥でざわめくこの感覚が、何なのかは分からなかった。


ただひとつ言えるのは――

俺はもう、後戻りできない選択をしてしまったということだ。


それでも、足取りは妙に軽かった。

馬鹿なことをしていると分かっていながら、

胸の奥で小さな熱が灯っていた。


久しく忘れていた“期待”のようなもの。

誰かを待つ感覚。

明日、届くはずの箱の中身を思うだけで、

心臓の鼓動が少しだけ早くなった。

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