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貸出の檻  作者: メタル
第六章 もうひとりの美咲
28/40

第四節 “母”の帰宅

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//  第四節 “母”の帰宅

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―― 美咲の自宅 ――


夕暮れの住宅街。

玄関の扉が開き、“母”が帰ってきた。


「おかえりなさい!」

咲良が弾む声で駆け寄る。

一か月ぶりに母の姿を見た喜びが、子どもの顔いっぱいに広がっていた。


女は一瞬、戸惑ったように目を瞬かせたあと、かすかに微笑んだ。

「……初めまして。佐藤美咲といいます」


その言葉に咲良はきょとんと目を見開く。

「え……お母さん?」


女はしゃがみ込み、娘の顔をじっと見つめる。

「あなたが……咲良ちゃん、ね」

まるで写真でしか知らなかった人を確認するような、ぎこちない口調だった。


咲良は困惑し、夫を見上げる。

「……お父さん? お母さん、なんか変だよ」


夫は口元に笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「気のせいだろ。母さんは帰ってきたんだ。それでいいじゃないか」


咲良は納得できず、母の顔を見つめ直す。

そこにあるのは確かに母の姿。

けれど――言葉も仕草も、どこか“他人”のように感じられてならなかった。


クローン美咲は、淡い微笑みを浮かべたまま、娘の問いに何ひとつ答えなかった。


夕食の食卓に、久しぶりに“母”の姿があった。

咲良は嬉しそうに箸をとるが、すぐに首をかしげる。


「……あれ? お母さん、味が違う。いつものと全然ちがうよ」


クローン美咲は淡い微笑みを崩さず、静かに答えた。

「申し訳ありません。まだ慣れておりませんので」


夫はそれを遮るように咳払いし、娘に声をかける。

「咲良、もう寝なさい。母さんも疲れてる」


渋々席を立つ娘を見送り、家の中に沈黙が訪れる。


夫はテーブル越しにクローン美咲を見据えた。

「……お前、美咲だけど、美咲じゃないな」


クローンはわずかに頭を下げ、抑揚のない声で返す。

「はい。私はクローンです。奥様、美咲様ご本人ではございません。

 以後、何なりとお申し付けください」


その従順な口ぶりに、夫は口元を歪めた。

「……なんだ、あの面倒くさい美咲じゃなくていいな。

 俺の言うことに逆らわないんだろう?」


「はい。ご命令には従います」


「……何をしても、か?」


「……はい」

短い沈黙ののち、夫は立ち上がり、獲物を狙うような目を向けた。

「じゃあ――脱げ」


クローン美咲は静かに立ち上がり、従順に服へ手をかける。


暗転。


――数十分後。


夫は煙草をくゆらせながら、満足げに目を細めた。


その横で、クローン美咲は一言も発さず、ただ虚ろな笑みを浮かべていた。

やがて、淡々とした動作でシーツを整え、濡れた肌を拭い、乱れた下着を直していく。

その仕草には人間らしい恥じらいや余韻はなく、まるで定められた作業をこなす機械のようだった。


再びベッドに横たわったクローン美咲に、夫が煙を吐きながらつぶやく。

「……おまえ、本物の美咲より具合いいな」


クローンは即座に答えた。

「お褒めの言葉、ありがとうございます。いつでもお申し付けください。……いつでもお相手いたします」


夫はにやりと笑い、再び端末を手に取った。

画面に浮かぶ文字列を打ち込み、送信する。


『……また“咲良”が入荷したぞ。悪くない』


ピコン、と軽い通知音が闇に響く。

紫煙の漂う中、夫の笑みとクローンの虚ろな瞳だけが、夜の静けさに浮かび上がっていた。


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